エスメラルダ
レーシアーナの口の中を、ブランシールの舌が泳ぐ。震え戦くレーシアーナの舌に絡みつき、強く吸ったかと思うと離れた。そして歯茎をなぞる。レーシアーナは噛み切ってやりたいと思う。だけれども、頭の芯が痺れるようで気が遠くなりそうだった。
正妃。
どれ程望んだ事であろう。
そう、望んでいた。
だけれども、こんな形ではなかったような気がする。
唇が、唾液を引きながら離れた。
「……承知してくれるね?」
嫌です、そう言おうとした。だけれども。
「……はい」
答えは是であった。
何故といわれて、レーシアーナは答えられないだろう。
是と言った事ではなくて、否と言おうとした事。
レーシアーナは求めていた筈なのに?
「……ブランシール様……」
口の中でその名を転がすようにして、レーシアーナは最愛の人を呼んだ。
「何だい? レーシアーナ」
答えるブランシールはいつものブランシールに見えた。
美しく、綺麗なレーシアーナの王子様。
「部屋に下がらせてくださいまし。少し、考えたき義があります」
「今更、返事を撤回するというのなら、僕はこの部屋に君を閉じ込めてしまうよ?」
「違います!」
思わず大きな声を上げて、レーシアーナは否定した。
男というものは! 本当に!! 頭があるのだろうか!?
「わたくしとて、女にございますれば! このようなお申し込みを受けた時は一人になりとうございます!!」
レーシアーナのその台詞に、ブランンシールは漸く目が覚めたようだった。
「ああ」
自分の気持ちに浸りすぎていた事をブランシールは恥じる。繊細な女性の心の機微にまで想いがよらないほど、ブランシールは自分の中の考え事に酔っていた。
「レーシアーナ、退室を許す。明日の朝まで休みを取らせる。その代わり、正餐の支度をする為の侍女を手配しておいてくれ」
「承りましてございます。ブランシール様」
硬い言葉つきのレーシアーナの頬をブランシールは撫でた。そして正直な気持ちで、何の思惑も抱かずに言った。
「お前は可愛い」
レーシアーナの顔が朱に染まる。
そのまま聞かなかった振りをして、レーシアーナは服をかき集めた。しかし、上着は引き裂かれ散々な有様だ。
どうしよう?
そう思ったレーシアーナにブランシールは自分の絹のブラウスを羽織らせた。
レーシアーナは身体を強張らせる。
「いけませんわ! 王族の衣装を下賜されるという事は……!!」
それ即ち、『王族に準ずる証』。
「構わない。お前は僕の妻となる娘なのだから。さぁ、早くお休み」
ブランシールは優しくそう言った。
レーシアーナは抗議しても無駄だと悟る。ブランシールは優しい時程扱い辛いのだ。
彼女は静かに退出した。
扉の音が響くのと同時に、ブランシールは溜息をついた。
レーシアーナを妻に。
昔から考えていた事なのに、意味は今と昔では全く違う。
エスメラルダをこの宮廷に馴染ませる事、それがレーシアーナを求めた理由であった。
第二王子の妃の親友。
それはメルローア宮廷では大きな信用状になりうる。それに、正妃となったレーシアーナは宮廷の作法通りに頻繁に茶会を開く事となるであろう。その席には王宮でも最も重きを置かれる淑女達が顔を揃える事だろう。その場にエスメラルダを呼ぶ事、フランヴェルジュを呼ぶ事。
レーシアーナを通して、ブランシールは不器用な兄にエスメラルダの心を勝ち取らせようとした。そして先に述べた淑女達からの信用状も取り付けようとした。
後は審判を受けさせればいい。
淑女達の誰かにエスメラルダを養女とさせる事が出来たらそれは完璧だ。
そしてそれはそう難しい事ではない。
エスメラルダ自身の魅力がそうさせるであろう。
兄上と恋に落ちてくれたら、審判を受けてくれたら。
難しいのはこの二つしかなかった。
正妃。
どれ程望んだ事であろう。
そう、望んでいた。
だけれども、こんな形ではなかったような気がする。
唇が、唾液を引きながら離れた。
「……承知してくれるね?」
嫌です、そう言おうとした。だけれども。
「……はい」
答えは是であった。
何故といわれて、レーシアーナは答えられないだろう。
是と言った事ではなくて、否と言おうとした事。
レーシアーナは求めていた筈なのに?
「……ブランシール様……」
口の中でその名を転がすようにして、レーシアーナは最愛の人を呼んだ。
「何だい? レーシアーナ」
答えるブランシールはいつものブランシールに見えた。
美しく、綺麗なレーシアーナの王子様。
「部屋に下がらせてくださいまし。少し、考えたき義があります」
「今更、返事を撤回するというのなら、僕はこの部屋に君を閉じ込めてしまうよ?」
「違います!」
思わず大きな声を上げて、レーシアーナは否定した。
男というものは! 本当に!! 頭があるのだろうか!?
「わたくしとて、女にございますれば! このようなお申し込みを受けた時は一人になりとうございます!!」
レーシアーナのその台詞に、ブランンシールは漸く目が覚めたようだった。
「ああ」
自分の気持ちに浸りすぎていた事をブランシールは恥じる。繊細な女性の心の機微にまで想いがよらないほど、ブランシールは自分の中の考え事に酔っていた。
「レーシアーナ、退室を許す。明日の朝まで休みを取らせる。その代わり、正餐の支度をする為の侍女を手配しておいてくれ」
「承りましてございます。ブランシール様」
硬い言葉つきのレーシアーナの頬をブランシールは撫でた。そして正直な気持ちで、何の思惑も抱かずに言った。
「お前は可愛い」
レーシアーナの顔が朱に染まる。
そのまま聞かなかった振りをして、レーシアーナは服をかき集めた。しかし、上着は引き裂かれ散々な有様だ。
どうしよう?
そう思ったレーシアーナにブランシールは自分の絹のブラウスを羽織らせた。
レーシアーナは身体を強張らせる。
「いけませんわ! 王族の衣装を下賜されるという事は……!!」
それ即ち、『王族に準ずる証』。
「構わない。お前は僕の妻となる娘なのだから。さぁ、早くお休み」
ブランシールは優しくそう言った。
レーシアーナは抗議しても無駄だと悟る。ブランシールは優しい時程扱い辛いのだ。
彼女は静かに退出した。
扉の音が響くのと同時に、ブランシールは溜息をついた。
レーシアーナを妻に。
昔から考えていた事なのに、意味は今と昔では全く違う。
エスメラルダをこの宮廷に馴染ませる事、それがレーシアーナを求めた理由であった。
第二王子の妃の親友。
それはメルローア宮廷では大きな信用状になりうる。それに、正妃となったレーシアーナは宮廷の作法通りに頻繁に茶会を開く事となるであろう。その席には王宮でも最も重きを置かれる淑女達が顔を揃える事だろう。その場にエスメラルダを呼ぶ事、フランヴェルジュを呼ぶ事。
レーシアーナを通して、ブランシールは不器用な兄にエスメラルダの心を勝ち取らせようとした。そして先に述べた淑女達からの信用状も取り付けようとした。
後は審判を受けさせればいい。
淑女達の誰かにエスメラルダを養女とさせる事が出来たらそれは完璧だ。
そしてそれはそう難しい事ではない。
エスメラルダ自身の魅力がそうさせるであろう。
兄上と恋に落ちてくれたら、審判を受けてくれたら。
難しいのはこの二つしかなかった。