エスメラルダ
正餐の席で、ブランシールはレーシアーナを妻としたいと父である国王に正式に乞うた。
アユリカナはにっこりと微笑む。
二人が結ばれることを、アユリカナは望んでいた。レーシアーナも家格自体は高いし、何より子供の時から見ていて、性格も素直だ。何の異議も、アユリカナにはなかった。
「よく言ってくれたわ、ブランシール。母はこの日を待っていましたよ」
アユリカナが満足そうに言うのと、フランヴェルジュが弟の肩を叩くのは同時だった。
「やったな! 終に覚悟を決めたか!! お……私より先に相手を決めやがって!!」
フランヴェルジュもレーシアーナを好ましく思っていた。あのような娘が自分の妹になるのだったらと考えると喜びに心騒ぐ。
「婚儀は叔父上の喪が明けてからになる。収穫祭の頃など丁度良いのではないか? ねぇ、父上、どう思われ……誰ぞ!! 誰ぞある!!」
父に話を振ったフランヴェルジュは食卓で上げるには余りにも大きな声を上げた。料理人が慌てて飛んでくる。
「何か、本日のメニューに……陛下!?」
料理人は事態の異様さに瞠目した。
自分に向かって倒れ掛る大きな身体、武人でもあった父をブランンシールは咄嗟に抱きとめていた。重いとブランシールは思う。何故自分が父を抱いているのだろうと混乱する。
何の前触れもなく、国王レンドルは口から泡を吹き出し、意識を失っていた。
「お前などに用はあるか! うつけが! よい、俺が運ぶ。ブランシール、肩を貸せ。抱き上げるのは流石に無理そうだからな」
フランヴェルジュは一括すると肩でいまだ逞しい身体つきのレンドルを運ぼうとする。が、そこにアユリカナが言葉を挟んだ。
「専門のものに任せなさい! 軽々しく動き騒ぐことは許しません!! お前達」
アユリカナはゆっくりとその瞳をめぐらせ、食堂に集っている全ても人間を見つめた。
「陛下は睡眠不足でお疲れです。今日は食事をおとりにならず、部屋に戻られます。王妃たるわたくしが、陛下につき従います。ジューン! フロッド! 輿を用意して頂戴。輿で国王の寝室へ陛下を運びます」
アユリカナはレンドルの懐刀とも目される二人の側近の名を呼んだ。
二人の敏捷な近衛はすぐに動いた。
その手配の見事さに、二人の息子はただただ、目を奪われる。
「わたくしとて、ただ冠を戴いて玉座にあるのではありませんよ、二人とも。いざとなれば、どう動くべきか、わたくしにも解っております。食事が終わったら、寝室へ。普通に食事をするのですよ? それからいらっしゃい」
「輿の準備が出来ました!」
ジューンがアユリカナの前で跪いた。
ブランシールが支えているレンドルの身体を、フロッドが抱きとめた。
「陛下。よくお眠りのようで」
その声が微かに湿り気を帯びる。
そして国王と王妃は食堂から退室した。
しばしの沈黙をったのは、やはりというかフランヴェルジュであった。
「父上は……一体……」
「政務の厳しさゆえの過労かな?」
ブランシールはつとめて明るく答える。
が、フランヴェルジュの顔は暗いままだ。
「父上は……手抜きの天才でもあられる」
「はぁ?」
情けない顔をした弟に、兄は苦笑いして言った。
「国王の採決を待つ書類が何通も俺のところに回ってきている。幾ら抗議しても、やがては俺の仕事になるのだから、と」
そんな無茶な話があって良いのだろうか?
ブランシールは眉を寄せた。
「なぁ、ブランシール」
「何です? 兄上」
「お前の婚姻。来年になるやもしれぬ」
「兄上」
ブランシールは唇を噛んだ。
「言葉にしてはなりませぬ。言霊が宿ります。何処で神が気紛れを起こすやも知れぬ」
その夜。
二人の王子が国王の寝室へ入室を許可されると、レンドルは大きく目を見開いていた。
「父上!」
駆け寄ってくる息子達にレンドルは何とか言葉を紡ごうとする。
「父上! ご無理はなりませぬ!!」
言うフランヴェルジュを視界の端で捕らえるとレンドルはごほごほと噎せた。
「気を………つけ……お、り……ひめ……」
最期の言葉は血泡と共に吐かれた。
アユリカナはにっこりと微笑む。
二人が結ばれることを、アユリカナは望んでいた。レーシアーナも家格自体は高いし、何より子供の時から見ていて、性格も素直だ。何の異議も、アユリカナにはなかった。
「よく言ってくれたわ、ブランシール。母はこの日を待っていましたよ」
アユリカナが満足そうに言うのと、フランヴェルジュが弟の肩を叩くのは同時だった。
「やったな! 終に覚悟を決めたか!! お……私より先に相手を決めやがって!!」
フランヴェルジュもレーシアーナを好ましく思っていた。あのような娘が自分の妹になるのだったらと考えると喜びに心騒ぐ。
「婚儀は叔父上の喪が明けてからになる。収穫祭の頃など丁度良いのではないか? ねぇ、父上、どう思われ……誰ぞ!! 誰ぞある!!」
父に話を振ったフランヴェルジュは食卓で上げるには余りにも大きな声を上げた。料理人が慌てて飛んでくる。
「何か、本日のメニューに……陛下!?」
料理人は事態の異様さに瞠目した。
自分に向かって倒れ掛る大きな身体、武人でもあった父をブランンシールは咄嗟に抱きとめていた。重いとブランシールは思う。何故自分が父を抱いているのだろうと混乱する。
何の前触れもなく、国王レンドルは口から泡を吹き出し、意識を失っていた。
「お前などに用はあるか! うつけが! よい、俺が運ぶ。ブランシール、肩を貸せ。抱き上げるのは流石に無理そうだからな」
フランヴェルジュは一括すると肩でいまだ逞しい身体つきのレンドルを運ぼうとする。が、そこにアユリカナが言葉を挟んだ。
「専門のものに任せなさい! 軽々しく動き騒ぐことは許しません!! お前達」
アユリカナはゆっくりとその瞳をめぐらせ、食堂に集っている全ても人間を見つめた。
「陛下は睡眠不足でお疲れです。今日は食事をおとりにならず、部屋に戻られます。王妃たるわたくしが、陛下につき従います。ジューン! フロッド! 輿を用意して頂戴。輿で国王の寝室へ陛下を運びます」
アユリカナはレンドルの懐刀とも目される二人の側近の名を呼んだ。
二人の敏捷な近衛はすぐに動いた。
その手配の見事さに、二人の息子はただただ、目を奪われる。
「わたくしとて、ただ冠を戴いて玉座にあるのではありませんよ、二人とも。いざとなれば、どう動くべきか、わたくしにも解っております。食事が終わったら、寝室へ。普通に食事をするのですよ? それからいらっしゃい」
「輿の準備が出来ました!」
ジューンがアユリカナの前で跪いた。
ブランシールが支えているレンドルの身体を、フロッドが抱きとめた。
「陛下。よくお眠りのようで」
その声が微かに湿り気を帯びる。
そして国王と王妃は食堂から退室した。
しばしの沈黙をったのは、やはりというかフランヴェルジュであった。
「父上は……一体……」
「政務の厳しさゆえの過労かな?」
ブランシールはつとめて明るく答える。
が、フランヴェルジュの顔は暗いままだ。
「父上は……手抜きの天才でもあられる」
「はぁ?」
情けない顔をした弟に、兄は苦笑いして言った。
「国王の採決を待つ書類が何通も俺のところに回ってきている。幾ら抗議しても、やがては俺の仕事になるのだから、と」
そんな無茶な話があって良いのだろうか?
ブランシールは眉を寄せた。
「なぁ、ブランシール」
「何です? 兄上」
「お前の婚姻。来年になるやもしれぬ」
「兄上」
ブランシールは唇を噛んだ。
「言葉にしてはなりませぬ。言霊が宿ります。何処で神が気紛れを起こすやも知れぬ」
その夜。
二人の王子が国王の寝室へ入室を許可されると、レンドルは大きく目を見開いていた。
「父上!」
駆け寄ってくる息子達にレンドルは何とか言葉を紡ごうとする。
「父上! ご無理はなりませぬ!!」
言うフランヴェルジュを視界の端で捕らえるとレンドルはごほごほと噎せた。
「気を………つけ……お、り……ひめ……」
最期の言葉は血泡と共に吐かれた。