エスメラルダ
レンドルの死は一ヶ月間伏せられた。
その間、フランヴェルジュがアユリカナの導きのもとに、各国に、そして自国の領土の隅々に至るまで間諜を放った。
レンドルの死は余りにも唐突であった。
そして毒をあおった可能性が少なからず浮上した為、もし今、メルローアが戦を仕掛けられた時の事も考慮せねばならなかった。
しかし、何処の国にも、また自国内でも不穏な動きはない。
国葬は、六月、しめやかに行われた。
アユリカナは白いドレスで白百合の花冠を戴き、国王の棺と共に『真白塔』に入った。
アユリカナの生涯はこの『真白塔』で終わる事となる。
国王レンドルの妻という生を全うするのだ。
息子達は反対した。
これからの数十年を幽閉同然に過ごす事を。
だが、アユリカナは笑顔で言った。
「常にレンドルと共にある事、それがわたくしの喜びです」
アユリカナのその態度に打たれた子供達は何も言わなくなった。
しかし、アユリカナにとって理由はそれだけではなかったのである。
レンドルの死を伏せている間に、アユリカナは無花果をレイリエに届けさせた。そして、王妃の離宮に秘密裏にレイリエを招待したのである。
レイリエは行きたくなかった。
アユリカナの事は生理的に嫌いだったのだ。
ランカスターの初恋の人であるからかも知れぬ。叶わぬ想いに焦がされ、それからランカスターは女嫌いになったのだ。手に入らぬのなら、と。
だけれども、レイリエに断る事は出来なかった。王妃の離宮への招待を断れば、社交界から排斥される危険があった。
それは好ましくない。
それに、レンドルの死をまだ知らぬレイリエは少しばかり残酷な気分になったのも確かであった。
貴女にお兄様は欲情しないけれども、わたくしの腹の上では大層良い声をおあげになるのよ?
母親程に歳が違うといっても、やはり女であることに変わりはない。それに砕いた真珠のパウダーと、エメラルドやサファイア、ルビーなどの宝石を惜しげもなく砕いて、砂金と混ぜて目元を飾る義理の姉は美しかった。若さではレイリエが圧勝するとしても、女としての馥郁たる香りは、まだ、レイリエが持ち合わせないものである。
お兄様を二人も奪われたのだわ。
レイリエの恨みと、虚栄心と、妬みと、復讐心は入り混じりすぎて元の色彩が解らぬほどであった。
でも、何故無花果なのかしら?
メルローアにはない果物、輸入品である。
馬車の揺れに身を任せながら、レイリエは不満だった。
臣籍に下ったとはいえ、義妹である。
その招待に高級品ではあるとはいえ、アユリカナの一度の化粧代にも劣る果実で招待をする神経が理解出来なかった。
あの女は常識を知らないのだわ。
やがて、馬車が離宮に着くと、侍女達から王妃の命令であると、着替えをさせられた。濃紺の絹に蒼のリボン。美しいドレスにレイリエは少しだけ気分を良くする。身体検査を兼ねてものだとはレイリエは気付かない。
そして、王妃の間に通されると、そこには侍女たちも誰もいなかった。
「ようこそ、レイリエ。お久しぶりね」
アユリカナは嫣然と笑った。
「この度はお招き下さり……」
「無花果はお召し上がりになって?」
レイリエが挨拶を終えぬ間に王妃は言う。
その一種高慢な態度がレイリエを激しく苛立たせた。
「いいえ、せっかく頂きましたけれども、わたくし、あの果物は苦手ですの」
お前の寄越したものなど口にしたくないという本心を隠しながらレイリエは言う。
アユリカナは笑った。
「そう、残念ね。貴女とレンドルにはぴったりの果物だと思ったのだけれども。花をつけぬまま実を結ぶのよ、無花果は。愛情がなくとも子が生まれるのと同じね」
レイリエはぞっとした。
アユリカナは知っているのだろうか!?
窓辺で晩春から初夏への移ろいの香を愉しんでいたアユリカナがレイリエに向き合った。
「わたくしも無花果は嫌いよ、レイリエ」
アユリカナは一瞬で義妹との距離をつめその下腹部に強烈な一撃を拳で叩き込んだ。
レイリエが倒れる。悲鳴を上げる暇もなかった。やがて絨毯を赤いしみが濡らす。
アユリカナはただそれを見ていた。
その間、フランヴェルジュがアユリカナの導きのもとに、各国に、そして自国の領土の隅々に至るまで間諜を放った。
レンドルの死は余りにも唐突であった。
そして毒をあおった可能性が少なからず浮上した為、もし今、メルローアが戦を仕掛けられた時の事も考慮せねばならなかった。
しかし、何処の国にも、また自国内でも不穏な動きはない。
国葬は、六月、しめやかに行われた。
アユリカナは白いドレスで白百合の花冠を戴き、国王の棺と共に『真白塔』に入った。
アユリカナの生涯はこの『真白塔』で終わる事となる。
国王レンドルの妻という生を全うするのだ。
息子達は反対した。
これからの数十年を幽閉同然に過ごす事を。
だが、アユリカナは笑顔で言った。
「常にレンドルと共にある事、それがわたくしの喜びです」
アユリカナのその態度に打たれた子供達は何も言わなくなった。
しかし、アユリカナにとって理由はそれだけではなかったのである。
レンドルの死を伏せている間に、アユリカナは無花果をレイリエに届けさせた。そして、王妃の離宮に秘密裏にレイリエを招待したのである。
レイリエは行きたくなかった。
アユリカナの事は生理的に嫌いだったのだ。
ランカスターの初恋の人であるからかも知れぬ。叶わぬ想いに焦がされ、それからランカスターは女嫌いになったのだ。手に入らぬのなら、と。
だけれども、レイリエに断る事は出来なかった。王妃の離宮への招待を断れば、社交界から排斥される危険があった。
それは好ましくない。
それに、レンドルの死をまだ知らぬレイリエは少しばかり残酷な気分になったのも確かであった。
貴女にお兄様は欲情しないけれども、わたくしの腹の上では大層良い声をおあげになるのよ?
母親程に歳が違うといっても、やはり女であることに変わりはない。それに砕いた真珠のパウダーと、エメラルドやサファイア、ルビーなどの宝石を惜しげもなく砕いて、砂金と混ぜて目元を飾る義理の姉は美しかった。若さではレイリエが圧勝するとしても、女としての馥郁たる香りは、まだ、レイリエが持ち合わせないものである。
お兄様を二人も奪われたのだわ。
レイリエの恨みと、虚栄心と、妬みと、復讐心は入り混じりすぎて元の色彩が解らぬほどであった。
でも、何故無花果なのかしら?
メルローアにはない果物、輸入品である。
馬車の揺れに身を任せながら、レイリエは不満だった。
臣籍に下ったとはいえ、義妹である。
その招待に高級品ではあるとはいえ、アユリカナの一度の化粧代にも劣る果実で招待をする神経が理解出来なかった。
あの女は常識を知らないのだわ。
やがて、馬車が離宮に着くと、侍女達から王妃の命令であると、着替えをさせられた。濃紺の絹に蒼のリボン。美しいドレスにレイリエは少しだけ気分を良くする。身体検査を兼ねてものだとはレイリエは気付かない。
そして、王妃の間に通されると、そこには侍女たちも誰もいなかった。
「ようこそ、レイリエ。お久しぶりね」
アユリカナは嫣然と笑った。
「この度はお招き下さり……」
「無花果はお召し上がりになって?」
レイリエが挨拶を終えぬ間に王妃は言う。
その一種高慢な態度がレイリエを激しく苛立たせた。
「いいえ、せっかく頂きましたけれども、わたくし、あの果物は苦手ですの」
お前の寄越したものなど口にしたくないという本心を隠しながらレイリエは言う。
アユリカナは笑った。
「そう、残念ね。貴女とレンドルにはぴったりの果物だと思ったのだけれども。花をつけぬまま実を結ぶのよ、無花果は。愛情がなくとも子が生まれるのと同じね」
レイリエはぞっとした。
アユリカナは知っているのだろうか!?
窓辺で晩春から初夏への移ろいの香を愉しんでいたアユリカナがレイリエに向き合った。
「わたくしも無花果は嫌いよ、レイリエ」
アユリカナは一瞬で義妹との距離をつめその下腹部に強烈な一撃を拳で叩き込んだ。
レイリエが倒れる。悲鳴を上げる暇もなかった。やがて絨毯を赤いしみが濡らす。
アユリカナはただそれを見ていた。