エスメラルダ
第五章・絡む経糸、もつれる横糸
エスメラルダは夢を見る。
ランカスターが自分をモデルにして、また絵を描いていた。
もう何枚目か覚えていない。ランカスターは幾ら描いても足りないというように、エスメラルダの姿を画布に封じ込める。
ランカスターは自分の作品が完成するまでは、誰にも絶対に見せなかったし、エスメラルダは自分がランカスターの青い目にどんな風に映っているのかも解らなかった。
アトリエに続く小部屋は、沢山の衣装で溢れたエスメラルダの着替えの間だ。マーグが全て手配してくれる。彼女にドレスを着せ、髪を結い上げ、宝石で飾ってくれる。
だけれども、その部屋には鏡がなかった。
エスメラルダはちゃんとした格好をしているのか心配になる。
エスメラルダが自分の思ったように飾られていないとランカスターはマーグを叱るからだ。着付けには細心の注意が払われている。
「ランカスター様。鏡が見とうございます」
エスメラルダは一度このように頼んだ事がある。だが、返事は否であった。
エスメラルダの願い事なら大抵二つ返事で聞いてくれるランカスターは、しかし、駄目だといったら絶対に譲らない。
エスメラルダは不満に思うも、出来上がった絵を見せられた瞬間、全て忘れ見入った。
これがわたくしだというの?
画布に閉じ込められた少女は何と美しい事だろう。
エスメラルダの衣装には、ランカスターが細かく気を配っていた。そして、『描かれている』という緊張感を常に忘れないように下着にまで拘った。だからエスメラルダは絹の下着しか持っていなかった。ランカスターは、下着姿を見る訳でもないのに細かく指示する。
「顎をもう少し引いて。意識しすぎては駄目だ」
ポーズをとっているエスメラルダに、ランカスターは容赦なく言いつける。
じっと同じポーズを取っているのは中々苦痛であったし、顔の筋肉は反乱を起こしそうだった。だけれども、エスメラルダは素直に顎を引く。
「そうだ、それでいい」
ランカスターは満足気に言うとまた画布に向かった。
精気を吸い取られているような気がするわ。
エスメラルダはそう思うが口には出さない。
いずれ。
この人の妻となり、エスメラルダは子供を産むのだろう。
そんな未来がぼんやり見えていた。決して嫌ではない未来だった。
ランカスター様。
結婚したらアシュレ様と呼ぶ約束だった。
「早くそうなって欲しいね。エスメラルダ。お前は他人行儀に過ぎる」
愚痴を零すランカスターがどれ程愛しく思えたであろう。
それは男女の色恋ではない。
冷める事もなければ心変わりする事もない。
優しい愛情だった。
ランカスターとエスメラルダはその時まさに『家族』だったのだ。
ランカスターが少々、おかしいのは認めようとエスメラルダは思う。
もう『愛人』の本当の意味を知っている。
だから、エスメラルダは不思議だった。
やたらに大きなベッドの上で、そう、五人は余裕で眠れそうなベッドの上で、二人は寄添いあいながら眠るのに、ランカスターは決してエスメラルダの純潔を穢すような真似はしなかった。
男性の性的欲求について少しばかり耳年増になったエスメラルダは、悩んだ。
わたくしに魅力が足りないのが悪いのかしら? でも魅力って、どうすれば身につくものなの?
ランカスターは真実エスメラルダを大切にしていたに過ぎないのだと、今なら解るのだけれども。
幼かった。
戻りたかった。
いつでもいつまでも、わたくしは貴方の事を忘れる事はないでしょう、ランカスター様。
緋蝶城での生活が恋しい。
途中から『これは夢だ』と解ってしまう夢の残酷さは幸福に浸れない事にある。
ただ、もう戻れないのだという現実のみを突きつけられた辛い夢。
ぱちりと、エスメラルダはその目を開いた。
急激に現実が襲い掛かってくる。
エスメラルダの頬は濡れていた。
ランカスター様、腕枕をして下さいませ。
毛布を何枚重ねても、独り寝は寒いのです。
ランカスターが自分をモデルにして、また絵を描いていた。
もう何枚目か覚えていない。ランカスターは幾ら描いても足りないというように、エスメラルダの姿を画布に封じ込める。
ランカスターは自分の作品が完成するまでは、誰にも絶対に見せなかったし、エスメラルダは自分がランカスターの青い目にどんな風に映っているのかも解らなかった。
アトリエに続く小部屋は、沢山の衣装で溢れたエスメラルダの着替えの間だ。マーグが全て手配してくれる。彼女にドレスを着せ、髪を結い上げ、宝石で飾ってくれる。
だけれども、その部屋には鏡がなかった。
エスメラルダはちゃんとした格好をしているのか心配になる。
エスメラルダが自分の思ったように飾られていないとランカスターはマーグを叱るからだ。着付けには細心の注意が払われている。
「ランカスター様。鏡が見とうございます」
エスメラルダは一度このように頼んだ事がある。だが、返事は否であった。
エスメラルダの願い事なら大抵二つ返事で聞いてくれるランカスターは、しかし、駄目だといったら絶対に譲らない。
エスメラルダは不満に思うも、出来上がった絵を見せられた瞬間、全て忘れ見入った。
これがわたくしだというの?
画布に閉じ込められた少女は何と美しい事だろう。
エスメラルダの衣装には、ランカスターが細かく気を配っていた。そして、『描かれている』という緊張感を常に忘れないように下着にまで拘った。だからエスメラルダは絹の下着しか持っていなかった。ランカスターは、下着姿を見る訳でもないのに細かく指示する。
「顎をもう少し引いて。意識しすぎては駄目だ」
ポーズをとっているエスメラルダに、ランカスターは容赦なく言いつける。
じっと同じポーズを取っているのは中々苦痛であったし、顔の筋肉は反乱を起こしそうだった。だけれども、エスメラルダは素直に顎を引く。
「そうだ、それでいい」
ランカスターは満足気に言うとまた画布に向かった。
精気を吸い取られているような気がするわ。
エスメラルダはそう思うが口には出さない。
いずれ。
この人の妻となり、エスメラルダは子供を産むのだろう。
そんな未来がぼんやり見えていた。決して嫌ではない未来だった。
ランカスター様。
結婚したらアシュレ様と呼ぶ約束だった。
「早くそうなって欲しいね。エスメラルダ。お前は他人行儀に過ぎる」
愚痴を零すランカスターがどれ程愛しく思えたであろう。
それは男女の色恋ではない。
冷める事もなければ心変わりする事もない。
優しい愛情だった。
ランカスターとエスメラルダはその時まさに『家族』だったのだ。
ランカスターが少々、おかしいのは認めようとエスメラルダは思う。
もう『愛人』の本当の意味を知っている。
だから、エスメラルダは不思議だった。
やたらに大きなベッドの上で、そう、五人は余裕で眠れそうなベッドの上で、二人は寄添いあいながら眠るのに、ランカスターは決してエスメラルダの純潔を穢すような真似はしなかった。
男性の性的欲求について少しばかり耳年増になったエスメラルダは、悩んだ。
わたくしに魅力が足りないのが悪いのかしら? でも魅力って、どうすれば身につくものなの?
ランカスターは真実エスメラルダを大切にしていたに過ぎないのだと、今なら解るのだけれども。
幼かった。
戻りたかった。
いつでもいつまでも、わたくしは貴方の事を忘れる事はないでしょう、ランカスター様。
緋蝶城での生活が恋しい。
途中から『これは夢だ』と解ってしまう夢の残酷さは幸福に浸れない事にある。
ただ、もう戻れないのだという現実のみを突きつけられた辛い夢。
ぱちりと、エスメラルダはその目を開いた。
急激に現実が襲い掛かってくる。
エスメラルダの頬は濡れていた。
ランカスター様、腕枕をして下さいませ。
毛布を何枚重ねても、独り寝は寒いのです。