エスメラルダ
 なんてランカスター様そっくりでいらっしゃること!
 エスメラルダには若かりし頃のランカスターが自分に向かって微笑みかけてくれているような気がしてならなかった。
 どうして?
 初めてお会いした時にはここまで似ていらっしゃるだなんて気付かなかったわ。
 美しい人。
 その青い瞳は氷であろうか、それとも炎であろうか。
 ランカスターの瞳は、エスメラルダを見る時だけ炎に変わった。それはとてつもなく劇的な変化であった。普段は氷の瞳をして、唇だけで笑っているような人だったのに。
 エスメラルダはブランシールの前で一礼する。
「この度はパーティーへの御招待とお心遣い、身に余ることと有り難く思っております」
 ブランシールは笑った。
「貴女は、僕の未来の妻である女性の友人だからね。良かったら、ローグ嬢、お許しいただけるなら僕の未来の妻が呼ぶようにエスメラルダと呼んでも構わないかな?」
「どうぞ、そう呼んでください。王弟殿下」
 胸がどきどきと高鳴る。
 ランカスター様! もし、今、お見守り下さっているのなら、この胸の動悸を鎮めて下さい!!
 ブランシール様に聴こえてしまう……!
 エスメラルダの頬に朱が走った。
 やはり美しい人だとブランシールは思う。
 だけれども、その美しさを更に引き立てるには隣に兄を立たせる事だとブランシールは思う。
 兄上、私は貴方の望みを叶えたい。
「エスメラルダ、貴女も私をブランシールと呼んでくれなければ。レーシアーナが貴女に逢えるのを楽しみにしていましたよ。先にホールで待っている事でしょう」
 エスメラルダの胸は更に高鳴る。
 この方はレーシアーナの未来の夫。
 わたくしがどう思ったにしろ、それは揺るがぬ事実なのだから。
 だから心臓の動悸などなかった事にしてしまおう。レーシアーナが待っている。ずっと逢いたかったわたくしの友人が。
「有難うございます。ブランシール様」
 エスメラルダはもう一度礼をとった。
 ブランシールが苦笑する。敬称は要らぬと言っても聞かぬであろうエスメラルダに。
 そしてエスメラルダはホールに向かう。
 この会場は王城の敷地内の離宮であった。
 故に受付の後すぐにホールが続く。
 ホールは人々の熱気で暑かった。初夏という気候も災いしているのだろう。
 だが、暑くても何事もないよう振舞うが貴族の娘。エスメラルダも母のリンカからそう教育されてきた。
 エスメラルダは意識して唇の端を持ち上げ、頬にえくぼを作り、背筋を伸ばした。
 そして玉座に当たる壇上を見やる。
 フランヴェルジュは確かにそこにいた。
 懐かしい人。
 フランヴェルジュとエスメラルダが出逢ってもう三ヶ月が過ぎていた。
 決して短くはない時間。
 だけれども、エスメラルダはフランヴェルジュを見て声を上げそうになった。
 春の盛りにお逢いしたあの方と、壇上のあの方は本当に同じ方なの?
 エスメラルダが訝しむのも無理はない。
 フランヴェルジュを包むのは威厳という目に見えないヴェールであった。
 初めて逢ったときのやんちゃな感じが隠されている。
 その代わり品格というものをフランヴェルジュは身に纏っていた。
 それは白一色の衣装の所為ではなかった。
 衣装につられて自分が人を見誤るという事などありえなかった。
 玉座がフランヴェルジュを変えたのだ。
 王という名の重責が、背に負う命の重さが、フランヴェルジュを一足飛びに大人にした。
 エスメラルダが目を離せずにフランヴェルジュを見つめていると、フランヴェルジュはふと顔をめぐらせ、彼女と目が合った。
 黄金の炎。
 後の世で『太陽王』と謳われるに相応しい風格のフランヴェルジュと目が合った瞬間、エスメラルダは思わず微笑んでいた。
 それはブランシールに見せた恥らう乙女の姿ではなくて。
 全てを惹き付けて止まない笑顔。
 挑戦的であり、猫のようなやんちゃな、エメラルドの色をした瞳が輝いて見える。
 フランヴェルジュも笑った。黄金の瞳には激しい情熱が息衝いているよう。
 何故、わたくしなどをお呼びになったの? フランヴェルジュ様。
 本人に直接聞いてみたい。
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