エスメラルダ
「随分難しい顔をしているのね、エスメラルダ。どうしたの?」
 レーシアーナの問いかけに、エスメラルダは慌ててえくぼを刻む。そうすると彼女はとても愛らしく見えた。まだ十六歳の健康な乙女。化粧で飾るより、笑みを見せた方が良い。
「何でもなくってよ。ところでレーシアーナ。此処に集っている方々はわたくし、殆ど顔も名前も知らないわ。一体どういう人達が招待されているの?」
 エスメラルダの問いかけに、レーシアーナはかすかに眉を寄せると、彼女はエスメラルダの耳に囁きかけた。
「敵よ。わたくし達の敵」
「なんですって?」
 エスメラルダが小声で問いを重ねる。
「わたくし達の素性が怪しいと言う者達ばかりが集っているわ、敵だらけよ」
「まぁ」
 では何故自分達が招かれたのか理解に苦しむ。あの二人の兄弟は、自分とレーシアーナを笑いものにする為に招待したのか。
 このパーティーの事を諜報部員に詳しく調べさせなかった自分の落ち度だ。レイリエが欠席すると言う知らせを受けて、それだけで出席を決めてしまった自分の落ち度だ。
「どうしてこの場にわたくし達が?」
 エスメラルダは思った事を口にした。
 レーシアーナが不敵に微笑む。
「それはね……わたくしと、ブランシール様の婚姻許可が新国王陛下より正式に発表されるからよ」
 エスメラルダは大きな目を更に見開いた。
「おめでたい場なのね。でもいいの? まだ前国王陛下の喪中よ?」
「男は腕に喪中の腕章さえつけていれば、妻が死んだその日に別の女性に求婚する事も出来るのよ? エスメラルダ」
「そうね。そうだったわね」
 エスメラルダが頷く。
 宮廷でのしきたりなどはリンカもランカスターもさわりしか教えてくれなかった。必要ないだろうというのが、二人の考え方だった。
 エスメラルダは急に怖くなった。
 誰も守ってくれないような気がしたのだ。
 この広い宮廷は敵ばかり。
「大丈夫よ、エスメラルダ」
 レーシアーナが囁いた。エスメラルダの考えを読んだように。
「わたくしが貴女を守るわ」
 そこにあった顔は凛として気高く、美しく。
 エスメラルダは味方の存在に、少し、勇気付けられた。
 怯えるな、常に泰然とある事を忘れるな。
 ランカスターの言葉が頭を走る。
 そうだわ。わたくしったら。
 その時、鐘が鳴った。
 パーティー開始の合図だった。
「皆、よくぞ父の魂の平安と余が治世の安泰を祈り、集ってくれた。このフランヴェルジュ、そなたらの忠義は常に忘れぬ」
 そう言う声は朗々として、ホール中に広がった。
 フランヴェルジュ様。ご立派ですわ。
 エスメラルダの心は玉座から立ち上がり、声を響かせている新たな国王と壇の下に控える王弟にひきつけられる。目が離せない。
「今日はそなたらに発表したい議、あり。我が弟、ブランシールと、レイデン侯爵令嬢の婚約が相整った」
 人々の間にどよめきが走る。
「ね?」
 レーシアーナは勤めて明るく言った。
「行儀の良い貴族の皆様の噂話といえばわたくしがベッドでの忠義に厚いかどうかよ」
 エスメラルダは悔しかった。
 確かに手紙にブランシールと結ばれ、求婚されたとあったが、それはつい最近の事だ。
「弟の婚儀に不満があるものがおれば聞こう。余は自慢ではないが気は短い。ざわざわと噂話をされると言うのは非常に不愉快だ」
 その場の空気が一気にしんと静まり返った。
 フランヴェルジュが発した気の所為である。
 剃刀のように鋭く、鋭角的な気は殺気にも似ていた。
「異議ある者はおらぬな。では皆、今日を存分に愉しんでくれ。メルローアに光を!」
 フランヴェルジュが高々と葡萄酒が入ったゴブレットを掲げ、一息の元に飲み干した。
 人々の歓声が上がる。
「新国王万歳!!」
「前国王陛下の霊よ、永遠に!」
 歓声の中、エスメラルダの目とフランヴェルジュの目が再び出逢う。何度目の邂逅であろう? だがエスメラルダは今まさに二人、出逢った者同士のような気がしていた。
 だからエスメラルダは、初めてフランヴェルジュに唇だけでない本物の笑みを贈った。
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