エスメラルダ
第六章・乱るること麻の如く
エスメラルダは思う。
耳が重い。
それは見事としか言いようがない一対のエメラルドが耳朶を飾っている所為だ。
金の台にエメラルド。
フランヴェルジュの瞳にエスメラルダの瞳。
外してしまいたいがどうしてもそれが出来なかった。
何故だか解らない。
怖かったのかもしれない。
あれはエスメラルダが相手を異性として、男として、初めて意識した瞬間の事だった。
フランヴェルジュの無骨な手が、自分の耳朶に嵌めた耳飾り。自分でつけると言ったのに、フランヴェルジュはそれを許してくれなかった。だけれども、それはそれは優しい手つきでエスメラルダの耳に触れた。
それ故、エスメラルダは耳飾りを外せぬのかもしれぬ。
あの手の不器用さ。金具を上手く止められなくて少し焦っていた。可愛かった。それなのに怖かった。
どうしてかしら? ねぇ。お母様。
時々、エスメラルダは心の中で母に意見を求めた。勿論答えが返ってくる筈もない。だけれども、問いかけねば忘れそうだった。母の面影を。肖像画があるから顔そのものを忘れる事はないだろう。だけれども、表情は失われていく。声は、もう、どうしても思い出せなかった。
時とは無情なものだ。
そう、ランカスターは言った。
時とは優しいものだ。
そうとも、ランカスターは言った。
どちらが本当の答えなのか解らない。どちらも答えなのかもしれない。
ランカスター様。
貴方もやがて思い出になってしまうのですか?
それだけは無いだろうとエスメラルダは思う。あれ程までに求められて、忘れられようか。出来る筈がない。
魂かけて求められた。
だけれども、あの日のパーティーの時、庭園で二人きりになった時、フランヴェルジュは似た表情をしたのだ。
そう、『似た』。
決して『同じ』ではない表情。
それでも、エスメラルダはその表情から目を離せなかった。
あの日───。
フランヴェルジュは耳飾りをエスメラルダの耳に飾ると、言ったのだ。
『この耳飾りに合う首飾りを作らせている』
『そんな! 本来、耳飾りだとて頂く事は出来ぬものですわ! 更に首飾りだなんて!!』
エスメラルダは思わず大きな声を出した。
フランヴェルジュは彼女の唇に指を当て、微かに笑んだ。エスメラルダは国王の前での失態に顔色をなくす。
こういう時はどうしたら良いのですか!? 母様、ランカスター様!!
「静かに。国王たる俺が贈りたいと言っているのだ。黙って受け取れ。それが忠義ぞ」
どんな忠義かとエスメラルダは思う。難しい事を言ってエスメラルダの理解の範疇を超えさせ、力ずくではなく理屈攻めでエスメラルダに贈り物をする気なのだ、この男は!
だが、国王に逆らえようか? 国王とは神の次に絶対なるものだ。偉大なる神の次に。
エスメラルダは、頷くしかなかった。
それを見たフランヴェルジュは破顔する。
笑うと、エスメラルダが知っているフランヴェルジュに戻った。
威厳と言う名のやたら重いマントを脱ぎ捨て、笑うフランヴェルジュは子供のようだ。やんちゃで、可愛いとさえ言える。
「エスメラルダ、俺が今、お前に一番贈りたい物は何だと思う?」
問われて、エスメラルダは考える。
自分がフランヴェルジュから貰いたいと思う物は何も無かった。そしてエスメラルダは男と言うものに全く無知であった。
男の考えそうな事などエスメラルダに解る筈もない。
『わたくしには、解りかねますわ、フランヴェルジュ様』
『解らないなら解らないで良い。見透かされても恥ずかしいしな』
フランヴェルジュの声が僅かに上ずっている。本当はエスメラルダに解って欲しかったのではないであろうか。
『申し訳ございませぬ、陛下』
あの夜、会話はそこで途切れた。
中座した国王を近衛たちが探し始めたのだ。
『花一輪、確かに貰い受けた!』
そう言って、フランヴェルジュは笑った。
耳が重い。
それは見事としか言いようがない一対のエメラルドが耳朶を飾っている所為だ。
金の台にエメラルド。
フランヴェルジュの瞳にエスメラルダの瞳。
外してしまいたいがどうしてもそれが出来なかった。
何故だか解らない。
怖かったのかもしれない。
あれはエスメラルダが相手を異性として、男として、初めて意識した瞬間の事だった。
フランヴェルジュの無骨な手が、自分の耳朶に嵌めた耳飾り。自分でつけると言ったのに、フランヴェルジュはそれを許してくれなかった。だけれども、それはそれは優しい手つきでエスメラルダの耳に触れた。
それ故、エスメラルダは耳飾りを外せぬのかもしれぬ。
あの手の不器用さ。金具を上手く止められなくて少し焦っていた。可愛かった。それなのに怖かった。
どうしてかしら? ねぇ。お母様。
時々、エスメラルダは心の中で母に意見を求めた。勿論答えが返ってくる筈もない。だけれども、問いかけねば忘れそうだった。母の面影を。肖像画があるから顔そのものを忘れる事はないだろう。だけれども、表情は失われていく。声は、もう、どうしても思い出せなかった。
時とは無情なものだ。
そう、ランカスターは言った。
時とは優しいものだ。
そうとも、ランカスターは言った。
どちらが本当の答えなのか解らない。どちらも答えなのかもしれない。
ランカスター様。
貴方もやがて思い出になってしまうのですか?
それだけは無いだろうとエスメラルダは思う。あれ程までに求められて、忘れられようか。出来る筈がない。
魂かけて求められた。
だけれども、あの日のパーティーの時、庭園で二人きりになった時、フランヴェルジュは似た表情をしたのだ。
そう、『似た』。
決して『同じ』ではない表情。
それでも、エスメラルダはその表情から目を離せなかった。
あの日───。
フランヴェルジュは耳飾りをエスメラルダの耳に飾ると、言ったのだ。
『この耳飾りに合う首飾りを作らせている』
『そんな! 本来、耳飾りだとて頂く事は出来ぬものですわ! 更に首飾りだなんて!!』
エスメラルダは思わず大きな声を出した。
フランヴェルジュは彼女の唇に指を当て、微かに笑んだ。エスメラルダは国王の前での失態に顔色をなくす。
こういう時はどうしたら良いのですか!? 母様、ランカスター様!!
「静かに。国王たる俺が贈りたいと言っているのだ。黙って受け取れ。それが忠義ぞ」
どんな忠義かとエスメラルダは思う。難しい事を言ってエスメラルダの理解の範疇を超えさせ、力ずくではなく理屈攻めでエスメラルダに贈り物をする気なのだ、この男は!
だが、国王に逆らえようか? 国王とは神の次に絶対なるものだ。偉大なる神の次に。
エスメラルダは、頷くしかなかった。
それを見たフランヴェルジュは破顔する。
笑うと、エスメラルダが知っているフランヴェルジュに戻った。
威厳と言う名のやたら重いマントを脱ぎ捨て、笑うフランヴェルジュは子供のようだ。やんちゃで、可愛いとさえ言える。
「エスメラルダ、俺が今、お前に一番贈りたい物は何だと思う?」
問われて、エスメラルダは考える。
自分がフランヴェルジュから貰いたいと思う物は何も無かった。そしてエスメラルダは男と言うものに全く無知であった。
男の考えそうな事などエスメラルダに解る筈もない。
『わたくしには、解りかねますわ、フランヴェルジュ様』
『解らないなら解らないで良い。見透かされても恥ずかしいしな』
フランヴェルジュの声が僅かに上ずっている。本当はエスメラルダに解って欲しかったのではないであろうか。
『申し訳ございませぬ、陛下』
あの夜、会話はそこで途切れた。
中座した国王を近衛たちが探し始めたのだ。
『花一輪、確かに貰い受けた!』
そう言って、フランヴェルジュは笑った。