エスメラルダ
そして茶会は済み、皆、満足そうな顔でその場から退出した。
マイリーテ・ラスカ・ダムバーグを残して。
「疲れたから一人にして頂戴」
それが茶会から帰ってきたエスメラルダの第一声だった。
仕える者達は皆驚いた。
自分たちの主人がこんな乱暴な物言いをする人間ではなかったからである。少なくとも常日頃の彼女ならまず『ただいま』を言ったであろう。そして皆を労ったであろう。侍女も従僕も変わりなく。
だが、エスメラルダにそんな余裕は無いようだった。
まるで剃刀のように触れれば切れそうだ。
「お嬢様、足湯を……」
そういう忠実なマーグにエスメラルダはあっさりと言い放つ。
「必要ないわ。わたくしが呼ぶまで誰もわたくしの部屋に近づかないようにして頂戴。マーグ、お前もよ。独りになりたいのよ」
そう言うと、エスメラルダは驚く人々をかき分けて自分の部屋にへと突き進んだ。
ぽんと、ベッドの上に身を投げ出す。
お母様と同じ緑の瞳。
残った彼女はエスメラルダに母の名を聞いたのだ。エスメラルダはどう答えるべきか迷った。迷った末、墓碑に刻まれているリンカという名を告げたのであるが。
『リンカーシェ! あの娘だわ!! わたくしの娘。だって貴女も同じ色の瞳だもの!!』
その言葉に驚いたのはレーシアーナだけではなかった。
二階の部屋から茶会の進行を見守っていたブランシールもである。
ダムバーグ家の血を引く娘!?
それが本当なら、王妃への階段の頂点はもう少しだ。
ダムバーグ家は先年、当主を失い、今は夫人の息子が後を継いでいるはずだった。確か今年二十八だった筈。
ダムバーグ夫人の息子への躾の厳しさはよく言われるところだった。それ故、息子は母親の言うなりで、見初めた娘がいたのにも関わらず、違う娘を妻として迎えた。
ダムバーグ家がエスメラルダを迎えたら?
ふふ、と、ブランシールの唇から音が漏れる。笑い声。
後は『審判』だけだ!
それすら、ブランシールに忠実な未来の妻を使えば容易く実行出来るであろう!!
ふははははは!!
ブランシールは笑いを止める事が出来ない。
兄上。今少しの辛抱でございます。必ず、あの娘を兄上のものと致しましょう!
再び窓の外を見ると、大騒ぎになっていた。
エスメラルダが倒れたのである。
ショックであろうな。
ブランシールは呟くと、少し、目を細めた。
レーシアーナが気付薬を用いる。だがエスメラルダは中々目を覚まそうとはしなかった。
軽い足音を立ててエスメラルダは走る。走りながら探す。
母様。
何処にいらっしゃるの?
エスメラルダは呼び続ける。
そして、突然立ち止まる。
母はいないのだ、そう、気付いて。
思い出して。
父様。
迎えに来て。探し出して、私を。
かくれんぼは得意でしょう?
だけれども、座り込んでも父はいつまで経っても迎えには来ないのだ。
父もいないのだ。そう、気付いて。
思い出して。
幼い頃はこの夢ばかり見ていた。うなされていると必ずランカスターがエスメラルダを起こして助け出してくれた。
だけれども、そのランカスターも今はいないのだ。
『ダムバーグ家にいらっしゃい。そこが本当の貴女のお家。そこにいれば傷つく事もないわ。お祖母様が守ってあげますからね』
突然現れた婦人はそう言った。
それならば何故、母様を許して下さらなかったの?
エスメラルダの意識は混乱する。
『すぐに答えをとは言いません。次に会った時に返事を聞かせて頂戴。レイデン侯爵令嬢、次のお茶会もお誘い頂けますわね?』
レーシアーナは頷いた。ダムバーグ家は敵に回すにはあまりに強大すぎた。レーシアーナに是以外の返事が返せる筈も無かった。
マイリーテ・ラスカ・ダムバーグを残して。
「疲れたから一人にして頂戴」
それが茶会から帰ってきたエスメラルダの第一声だった。
仕える者達は皆驚いた。
自分たちの主人がこんな乱暴な物言いをする人間ではなかったからである。少なくとも常日頃の彼女ならまず『ただいま』を言ったであろう。そして皆を労ったであろう。侍女も従僕も変わりなく。
だが、エスメラルダにそんな余裕は無いようだった。
まるで剃刀のように触れれば切れそうだ。
「お嬢様、足湯を……」
そういう忠実なマーグにエスメラルダはあっさりと言い放つ。
「必要ないわ。わたくしが呼ぶまで誰もわたくしの部屋に近づかないようにして頂戴。マーグ、お前もよ。独りになりたいのよ」
そう言うと、エスメラルダは驚く人々をかき分けて自分の部屋にへと突き進んだ。
ぽんと、ベッドの上に身を投げ出す。
お母様と同じ緑の瞳。
残った彼女はエスメラルダに母の名を聞いたのだ。エスメラルダはどう答えるべきか迷った。迷った末、墓碑に刻まれているリンカという名を告げたのであるが。
『リンカーシェ! あの娘だわ!! わたくしの娘。だって貴女も同じ色の瞳だもの!!』
その言葉に驚いたのはレーシアーナだけではなかった。
二階の部屋から茶会の進行を見守っていたブランシールもである。
ダムバーグ家の血を引く娘!?
それが本当なら、王妃への階段の頂点はもう少しだ。
ダムバーグ家は先年、当主を失い、今は夫人の息子が後を継いでいるはずだった。確か今年二十八だった筈。
ダムバーグ夫人の息子への躾の厳しさはよく言われるところだった。それ故、息子は母親の言うなりで、見初めた娘がいたのにも関わらず、違う娘を妻として迎えた。
ダムバーグ家がエスメラルダを迎えたら?
ふふ、と、ブランシールの唇から音が漏れる。笑い声。
後は『審判』だけだ!
それすら、ブランシールに忠実な未来の妻を使えば容易く実行出来るであろう!!
ふははははは!!
ブランシールは笑いを止める事が出来ない。
兄上。今少しの辛抱でございます。必ず、あの娘を兄上のものと致しましょう!
再び窓の外を見ると、大騒ぎになっていた。
エスメラルダが倒れたのである。
ショックであろうな。
ブランシールは呟くと、少し、目を細めた。
レーシアーナが気付薬を用いる。だがエスメラルダは中々目を覚まそうとはしなかった。
軽い足音を立ててエスメラルダは走る。走りながら探す。
母様。
何処にいらっしゃるの?
エスメラルダは呼び続ける。
そして、突然立ち止まる。
母はいないのだ、そう、気付いて。
思い出して。
父様。
迎えに来て。探し出して、私を。
かくれんぼは得意でしょう?
だけれども、座り込んでも父はいつまで経っても迎えには来ないのだ。
父もいないのだ。そう、気付いて。
思い出して。
幼い頃はこの夢ばかり見ていた。うなされていると必ずランカスターがエスメラルダを起こして助け出してくれた。
だけれども、そのランカスターも今はいないのだ。
『ダムバーグ家にいらっしゃい。そこが本当の貴女のお家。そこにいれば傷つく事もないわ。お祖母様が守ってあげますからね』
突然現れた婦人はそう言った。
それならば何故、母様を許して下さらなかったの?
エスメラルダの意識は混乱する。
『すぐに答えをとは言いません。次に会った時に返事を聞かせて頂戴。レイデン侯爵令嬢、次のお茶会もお誘い頂けますわね?』
レーシアーナは頷いた。ダムバーグ家は敵に回すにはあまりに強大すぎた。レーシアーナに是以外の返事が返せる筈も無かった。