エスメラルダ
第七章・陰と陽、月と太陽
エスメラルダの身体は羽のように軽くなったかと思うと、鉛のように重くなった。
そして今。地面に縫いとめられ、空を仰ぐ。
エスメラルダは誰かに尋ねていた。
「空の果てってどんなところかしら?」
「果てなど無いのさ」
答える人の顔を、エスメラルダは見る事が出来ない。何故ならその人は、太陽を背にして立っているからだ。
とても懐かしい人のように、エスメラルダは感じた。甘えたいと思うけれどもエスメラルダは不器用でそれを表現できない。
それがもどかしかった。
いつもいつもそうだ。
本当の意味で両親に甘えられたのは物心つく前だったし、それ以降はいつも神経を張り詰めていた。
両親。ランカスター。レーシアーナ。マーグ。
誰もエスメラルダの孤独を知らない。
だけれども、この人になら甘える事が許されると思った。
名前は、何と仰るの?
聞こうとしたら、唇で言葉を奪われた。
熱い接吻。甘く、激しく、狂おしく。
この感触は知っている。この甘さは知っている。
唇が離れたとき、エスメラルダは自分が耳まで熱を持っている事を知った。
きっと顔は茹ったように真っ赤なのだろう。
笑われるのが怖かった。
それなのに、太陽がまぶしすぎて彼の顔を確かめる事が出来ない。
「『花』を摘んだわね!?」
泣き出したいのを堪えてエスメラルダは言った。
「何故なの?」
「理由なんか無い。お前がいて、俺がいて。そう、自然な事だ。嫌だったか? 不自然だったか? 違うだろう?」
彼は笑いを堪えながら言う。エスメラルダは益々苛立ちを覚え噛み付いた。
「その自信たっぷりなところ、嫌いだわ」
彼は声たてて笑ってから言った。
「俺は、『俺の何処そこが嫌いだ』と断言できるお前が好きだ」
エスメラルダは何を言っても無駄な人種がいるという事を学んだ。そして少し休憩しようと思った。
地面に座り込もうとすると彼はハンカチーフを出して地面に引いてくれた。
「有難う」
地面は特別汚いとも思わなかったが、気遣われてまで仏頂面をする程、エスメラルダは子供ではなかったと言うことだ。
一生懸命笑顔を作ろうとする。
自分にあるのは笑顔だけ。
だけれども、彼は言った。
「無理して笑う必要は無い。泣いたり喚いたりしていいんじゃないか? 女が心置きなく泣けるように俺達男がいる。抱き締めて、泣き顔を他人から隠して、しっかり守る為に。その為に男はいるんだ。だから泣いても良いし、喚いても良い」
エスメラルダは顔を上げた。
ランカスター様?
そう呼ぼうとして、やはり違うと確信した。
ランカスターは花を摘んだことなどない。
なのに花を摘んだことを当たり前のようにいうこの青年はランカスターに似てはいるが全く別人である。
つい今まで確信が持てなかったが今ならはっきりその名が解る。
「……フランヴェルジュ様?」
エスメラルダは目を覚ました。そこは全く知らない世界だった。
絹のシーツに包まれた羽毛布団は柔らかい。クッションも一つ一つ職人のプロ意識が込められている様な精緻な刺繍が施されていた。
そして自分の手を握っているのは。
「フランヴェルジュ様……」
フランヴェルジュは眠っている。呼びかけると、エスメラルダの左手に結ばれているフランヴェルジュの右手が動いた。
何故くくりつけられているの?
赤い布でしっかりとくくりつけられた、エスメラルダとフランヴェルジュの手首。
やがて、金色の長い睫毛が揺れ、彼は目を開けた。
「エスメラルダ……?」
呼ぶ声は掠れていた。
「はい、フランヴェルジュ様」
エスメラルダははっきりと返事をする。頭がすっきりしているようで、だが何処か帳のかかったような場面があるのも確かだ。
「フランヴェルジュ様。此処は……?」
「ちゃんと説明すると長くなる。自分が倒れたのは覚えているか? マーグという侍女は機転が利く。夜、町医者に駆け込むよりレーシアーナに頼んで城の医師を呼んだのだ」
そして今。地面に縫いとめられ、空を仰ぐ。
エスメラルダは誰かに尋ねていた。
「空の果てってどんなところかしら?」
「果てなど無いのさ」
答える人の顔を、エスメラルダは見る事が出来ない。何故ならその人は、太陽を背にして立っているからだ。
とても懐かしい人のように、エスメラルダは感じた。甘えたいと思うけれどもエスメラルダは不器用でそれを表現できない。
それがもどかしかった。
いつもいつもそうだ。
本当の意味で両親に甘えられたのは物心つく前だったし、それ以降はいつも神経を張り詰めていた。
両親。ランカスター。レーシアーナ。マーグ。
誰もエスメラルダの孤独を知らない。
だけれども、この人になら甘える事が許されると思った。
名前は、何と仰るの?
聞こうとしたら、唇で言葉を奪われた。
熱い接吻。甘く、激しく、狂おしく。
この感触は知っている。この甘さは知っている。
唇が離れたとき、エスメラルダは自分が耳まで熱を持っている事を知った。
きっと顔は茹ったように真っ赤なのだろう。
笑われるのが怖かった。
それなのに、太陽がまぶしすぎて彼の顔を確かめる事が出来ない。
「『花』を摘んだわね!?」
泣き出したいのを堪えてエスメラルダは言った。
「何故なの?」
「理由なんか無い。お前がいて、俺がいて。そう、自然な事だ。嫌だったか? 不自然だったか? 違うだろう?」
彼は笑いを堪えながら言う。エスメラルダは益々苛立ちを覚え噛み付いた。
「その自信たっぷりなところ、嫌いだわ」
彼は声たてて笑ってから言った。
「俺は、『俺の何処そこが嫌いだ』と断言できるお前が好きだ」
エスメラルダは何を言っても無駄な人種がいるという事を学んだ。そして少し休憩しようと思った。
地面に座り込もうとすると彼はハンカチーフを出して地面に引いてくれた。
「有難う」
地面は特別汚いとも思わなかったが、気遣われてまで仏頂面をする程、エスメラルダは子供ではなかったと言うことだ。
一生懸命笑顔を作ろうとする。
自分にあるのは笑顔だけ。
だけれども、彼は言った。
「無理して笑う必要は無い。泣いたり喚いたりしていいんじゃないか? 女が心置きなく泣けるように俺達男がいる。抱き締めて、泣き顔を他人から隠して、しっかり守る為に。その為に男はいるんだ。だから泣いても良いし、喚いても良い」
エスメラルダは顔を上げた。
ランカスター様?
そう呼ぼうとして、やはり違うと確信した。
ランカスターは花を摘んだことなどない。
なのに花を摘んだことを当たり前のようにいうこの青年はランカスターに似てはいるが全く別人である。
つい今まで確信が持てなかったが今ならはっきりその名が解る。
「……フランヴェルジュ様?」
エスメラルダは目を覚ました。そこは全く知らない世界だった。
絹のシーツに包まれた羽毛布団は柔らかい。クッションも一つ一つ職人のプロ意識が込められている様な精緻な刺繍が施されていた。
そして自分の手を握っているのは。
「フランヴェルジュ様……」
フランヴェルジュは眠っている。呼びかけると、エスメラルダの左手に結ばれているフランヴェルジュの右手が動いた。
何故くくりつけられているの?
赤い布でしっかりとくくりつけられた、エスメラルダとフランヴェルジュの手首。
やがて、金色の長い睫毛が揺れ、彼は目を開けた。
「エスメラルダ……?」
呼ぶ声は掠れていた。
「はい、フランヴェルジュ様」
エスメラルダははっきりと返事をする。頭がすっきりしているようで、だが何処か帳のかかったような場面があるのも確かだ。
「フランヴェルジュ様。此処は……?」
「ちゃんと説明すると長くなる。自分が倒れたのは覚えているか? マーグという侍女は機転が利く。夜、町医者に駆け込むよりレーシアーナに頼んで城の医師を呼んだのだ」