エスメラルダ
第九章・小さな一歩
猿轡を噛ませ、両手両足を拘束したブランシールを、フランヴェルジュが横抱きにしながら歩く。その後ろを燭台で照らしながら歩くのはエスメラルダであった。
『望月』……ランカスターが描いた自分の絵が飾られているところ、ブランシールの寝台の枕元に隠し通路がある事が、エスメラルダにはひどく驚きであった。
だが、それも王族故の自衛の策と言われれば尤もな気がしないでもない。だが、そこに自分の絵が飾られていた事に何とも言えない感じはしたが。
地下通路を歩く。エスメラルダは最初必死で歩いている場所を把握しようとしたが無理であった。地下迷宮を地図もなく歩くフランヴェルジュはどういう記憶回路をしているのだろうとエスメラルダは不思議に思う。
わたくし一人なら確実に迷子だわ。
足元を照らしながら、エスメラルダは必死にフランヴェルジュに付いて行く。
フランヴェルジュはさっきから一言も発しない。怒っているのだ。たぎる怒りがフランヴェルジュから言葉を奪ったのだ。
可哀想なフランヴェルジュ様。
エスメラルダはそう思う。
自分でさえ悔しいのだ。ランカスターの面影を宿した人がみすみす水煙草などに溺れるなどという事は。
兄であるフランヴェルジュの胸のうちはどうなのだろうと思うと、エスメラルダの胸の鼓動が早くなった。
抱き締めたい。
そう思う自分に気付いてエスメラルダは戸惑う。
どうして?
同情しているの? フランヴェルジュ様に失礼だわ。
だけれども、抱き締めたかった。
そうする事が自然に思えたのだ。
わたくしが居て、貴方が居て、そう、とても自然なこと……。
よく似た言葉を何処かで聞いた気がしたが思い出せなかった。何処でだっただろう?
そんな事はどうでもいい。
この計画を話し合っているときにフランヴェルジュはもし万が一、ブランシールが水煙草に溺れていた場合『真白塔』の地下の霊廟のそのまた下、王族の男子が罪を犯した場合幽閉されるという『ぬばたまの牢』に幽閉すると言った。その牢の名を聞くのはエスメラルダには初めての事だ。本当に隠密裏に事を運びたい時に使われる牢だという。
そこの番人は舌がない。切り取られるのだ。もし、虜囚になっても国の恥辱を曝す事がないようにと文字も教えられる事がない。妻も子も持てぬ定めであった。しかしそれを誇りとして生きているとフランヴェルジュは言う。
そんな生き方、生きていると言えるのだろうか? と、エスメラルダは疑問に思ったが不機嫌なフランヴェルジュにそれを言う事は憚られた。エスメラルダはただ、フランヴェルジュに付き従っていた。
いつもと違う。
フランヴェルジュ様、怖い。
エスメラルダは微かな怯えを悟られることなきよう、唇を引き結んでいた。
足元を照らす事に集中する。
やがて、地下宮殿のように立派な建物が見ええてきた。
「フランヴェルジュ様、あれが『ぬばたまの牢』ですか?」
エスメラルダの問いに、フランヴェルジュは頷く。
「メルローア建国のときより『真白塔』と『ぬばたまの牢』は一対の牢獄として存在していた。その周りに城を作ったのだ。メルローア暦七百四十六年、その間ずっと存在していた」
今でこそ芸術の都と謳われ、観光客で賑わう芸術の国メルローアだが、始祖王バルザの時代は周囲にある小国や小部族を併合するのに忙しかった。メルローアがメルローアたる所以なのだが、当時のメルローアの鍛冶職人、武器職人達は完成度の高い武器を作る為に努力したという。それは一種の芸術品であった。七百四十六年前、投石器……石の壁に穴を開ける程の破壊力を持っていたという……や、火薬を詰めた火縄銃などを持っていたのはメルローアだけであった。
そしてその新型武器は恐るべき脅威としてはるか昔、異国の王を震え上がらせたらしい。
バルザは王城を作り『真白塔』と『ぬばたまの牢』を作って、果てた。享年百五十七歳だったと言われているがその真偽は定かではない。
「今も霊廟でお眠りになられているバルザ王は皺くちゃだがお優しいお顔のお方だ」
「そうですの」
『望月』……ランカスターが描いた自分の絵が飾られているところ、ブランシールの寝台の枕元に隠し通路がある事が、エスメラルダにはひどく驚きであった。
だが、それも王族故の自衛の策と言われれば尤もな気がしないでもない。だが、そこに自分の絵が飾られていた事に何とも言えない感じはしたが。
地下通路を歩く。エスメラルダは最初必死で歩いている場所を把握しようとしたが無理であった。地下迷宮を地図もなく歩くフランヴェルジュはどういう記憶回路をしているのだろうとエスメラルダは不思議に思う。
わたくし一人なら確実に迷子だわ。
足元を照らしながら、エスメラルダは必死にフランヴェルジュに付いて行く。
フランヴェルジュはさっきから一言も発しない。怒っているのだ。たぎる怒りがフランヴェルジュから言葉を奪ったのだ。
可哀想なフランヴェルジュ様。
エスメラルダはそう思う。
自分でさえ悔しいのだ。ランカスターの面影を宿した人がみすみす水煙草などに溺れるなどという事は。
兄であるフランヴェルジュの胸のうちはどうなのだろうと思うと、エスメラルダの胸の鼓動が早くなった。
抱き締めたい。
そう思う自分に気付いてエスメラルダは戸惑う。
どうして?
同情しているの? フランヴェルジュ様に失礼だわ。
だけれども、抱き締めたかった。
そうする事が自然に思えたのだ。
わたくしが居て、貴方が居て、そう、とても自然なこと……。
よく似た言葉を何処かで聞いた気がしたが思い出せなかった。何処でだっただろう?
そんな事はどうでもいい。
この計画を話し合っているときにフランヴェルジュはもし万が一、ブランシールが水煙草に溺れていた場合『真白塔』の地下の霊廟のそのまた下、王族の男子が罪を犯した場合幽閉されるという『ぬばたまの牢』に幽閉すると言った。その牢の名を聞くのはエスメラルダには初めての事だ。本当に隠密裏に事を運びたい時に使われる牢だという。
そこの番人は舌がない。切り取られるのだ。もし、虜囚になっても国の恥辱を曝す事がないようにと文字も教えられる事がない。妻も子も持てぬ定めであった。しかしそれを誇りとして生きているとフランヴェルジュは言う。
そんな生き方、生きていると言えるのだろうか? と、エスメラルダは疑問に思ったが不機嫌なフランヴェルジュにそれを言う事は憚られた。エスメラルダはただ、フランヴェルジュに付き従っていた。
いつもと違う。
フランヴェルジュ様、怖い。
エスメラルダは微かな怯えを悟られることなきよう、唇を引き結んでいた。
足元を照らす事に集中する。
やがて、地下宮殿のように立派な建物が見ええてきた。
「フランヴェルジュ様、あれが『ぬばたまの牢』ですか?」
エスメラルダの問いに、フランヴェルジュは頷く。
「メルローア建国のときより『真白塔』と『ぬばたまの牢』は一対の牢獄として存在していた。その周りに城を作ったのだ。メルローア暦七百四十六年、その間ずっと存在していた」
今でこそ芸術の都と謳われ、観光客で賑わう芸術の国メルローアだが、始祖王バルザの時代は周囲にある小国や小部族を併合するのに忙しかった。メルローアがメルローアたる所以なのだが、当時のメルローアの鍛冶職人、武器職人達は完成度の高い武器を作る為に努力したという。それは一種の芸術品であった。七百四十六年前、投石器……石の壁に穴を開ける程の破壊力を持っていたという……や、火薬を詰めた火縄銃などを持っていたのはメルローアだけであった。
そしてその新型武器は恐るべき脅威としてはるか昔、異国の王を震え上がらせたらしい。
バルザは王城を作り『真白塔』と『ぬばたまの牢』を作って、果てた。享年百五十七歳だったと言われているがその真偽は定かではない。
「今も霊廟でお眠りになられているバルザ王は皺くちゃだがお優しいお顔のお方だ」
「そうですの」