エスメラルダ
重苦しい夕方を乗り切り、正餐の席に着いたエスメラルダはレーシアーナに話をせがまれていた。
どうなっているのか? 何があったのか?
エスメラルダは祖母が零した涙の事は伏せ、一緒に行けないと言うと毅然とした態度で辞退したと告げた。
そして正餐が終り、エスメラルダは今日の午後届いた手紙の封を切った。ペイパーナイフは、フランヴェルジュが旅立つエスメラルダに贈った宝石細工のものである。
『元気にしているか? 昨日も聞いたな。だが、昨日と今日とでは体調に変化が出るかもしれない。人の身体とは不思議なものだからな。側にいられない分、お前の体調が心配だ。』
珍しく甘い……と言っても許されるだろうか? ……言葉で始まった手紙にエスメラルダは赤面した。
『俺は元気だ。変わり無しといったところか。しかし、なんたる虚しさか。お前は側に居ない。こんな時に話を聞いてくれたブランシールは牢の中だ。尤も、母上が仰るには随分毒が抜けてきたそうだ。このままだともう少しで牢から出せるだろうとの事だ。
だが、そこからが大変だな。問題は山積みで逃げ出したくなる。
なぁ、エスメラルダ、真剣な話として聞いて欲しい。お前にもし王冠を戴き、毛皮で縁取られたマントを羽織り、宝石細工の刀を差し、王尺を持ち……そんな男が……メルローアの王が愛を語ったとしよう。お前はそれを受けるか?
だけれどもな、最近俺は思うんだ。俺の治世はそう悪くない。それでも王冠も、上述した総てのものを捨て、ただのフランヴェルジュとして生きていく事は出来ないだろうかと。それでだ。もし何も持たないただのフランヴェルジュが愛を囁いたら、お前はどうする?』
エスメラルダの顔は茹ったように赤くなった。
『ただのフランヴェルジュでも構わないか? 贅沢はさせてやれないだろうが。だが、俺にも幾らか特技があるから何とか食っていく事は出来るだろう。例えば、俺は歌が上手いんだ。竪琴も爪弾ける。だから、吟遊詩人などはどうだろう? 後は彫刻が得意だな』
エスメラルダはフランヴェルジュの歌が聴きたいと思った。だけれども、この手紙を書いた時、フランヴェルジュは酔っていたに違いない。こんな事を言う人ではない。玉座の重みを知るが故にそれに対して真摯な人なのだ、フランヴェルジュは。
それに愛の言葉をこんなにも囁くのは不自然だった。思わずエスメラルダは間違いなくフランヴェルジュの筆跡か確認した位だ。だが、フランヴェルジュのものである。間違いはない。
どうなさったのかしら?
常軌を逸しているとしか思えなった。
『こんな事を言い始めたのは周囲が最近賑やかでな、婚姻婚姻と五月蝿い所為だ。俺はお前と以外添い遂げる気はない。お前と添い遂げられないなら王なんて辞めてやると思った。
だが、刻印のようなものなのだな。王とは。王冠が王の証かと思いきや、身体の何処かにか、もしかしたら魂の何処かに刻み付けられているのかも知れぬ。気付けば国の事を考えている。王なんて真っ平だと思っていたが思考が王なんだ。何処までも逃れられぬ。
その半面、此処は俺の居場所ではないという気がするんだ。強く強く思うんだ。此処ではない何処かで歌でも歌っているのが本当の俺のような気がするんだ。どっちが本当の俺なのか解らないし、どっちの生き方を本当は望んでいるのか解らない。結構辛いものがあるぞ、これには。
ただ、一日が終わって、おべっかやお追従の無いお前の手紙を読んでいる時。その時だ。ちゃんと生きている、と思えるのは。
何だかまとまりのない手紙ですまん。俺には手紙の才はないようだ、と、いう事はお前もよく知っている事だろう。と、いうかお前しか知らない筈だ。俺はお前にしか手紙を書いた事が無いからな。
ではな。くれぐれも身体に気をつけて。
フランヴェルジュ』
きゅっと、エスメラルダは手紙を抱きしめた。愛しさがふつふつと湧いた。
返事を書くために、エスメラルダは机に向かった。羽ペンのかりかりという音が時計の秒針の音と雑じって聴こえる。
『お疲れのご様子のフランヴェルジュ様へ』
書き出すと止まらなかった。
『王』である事に疑問を感じている様子のフランヴェルジュに殊更優しい言葉を選び、口づけて封をした。
加速する思いを抱いて、複雑な一日を終え、そしてエスメラルダは床に就く。
どうなっているのか? 何があったのか?
エスメラルダは祖母が零した涙の事は伏せ、一緒に行けないと言うと毅然とした態度で辞退したと告げた。
そして正餐が終り、エスメラルダは今日の午後届いた手紙の封を切った。ペイパーナイフは、フランヴェルジュが旅立つエスメラルダに贈った宝石細工のものである。
『元気にしているか? 昨日も聞いたな。だが、昨日と今日とでは体調に変化が出るかもしれない。人の身体とは不思議なものだからな。側にいられない分、お前の体調が心配だ。』
珍しく甘い……と言っても許されるだろうか? ……言葉で始まった手紙にエスメラルダは赤面した。
『俺は元気だ。変わり無しといったところか。しかし、なんたる虚しさか。お前は側に居ない。こんな時に話を聞いてくれたブランシールは牢の中だ。尤も、母上が仰るには随分毒が抜けてきたそうだ。このままだともう少しで牢から出せるだろうとの事だ。
だが、そこからが大変だな。問題は山積みで逃げ出したくなる。
なぁ、エスメラルダ、真剣な話として聞いて欲しい。お前にもし王冠を戴き、毛皮で縁取られたマントを羽織り、宝石細工の刀を差し、王尺を持ち……そんな男が……メルローアの王が愛を語ったとしよう。お前はそれを受けるか?
だけれどもな、最近俺は思うんだ。俺の治世はそう悪くない。それでも王冠も、上述した総てのものを捨て、ただのフランヴェルジュとして生きていく事は出来ないだろうかと。それでだ。もし何も持たないただのフランヴェルジュが愛を囁いたら、お前はどうする?』
エスメラルダの顔は茹ったように赤くなった。
『ただのフランヴェルジュでも構わないか? 贅沢はさせてやれないだろうが。だが、俺にも幾らか特技があるから何とか食っていく事は出来るだろう。例えば、俺は歌が上手いんだ。竪琴も爪弾ける。だから、吟遊詩人などはどうだろう? 後は彫刻が得意だな』
エスメラルダはフランヴェルジュの歌が聴きたいと思った。だけれども、この手紙を書いた時、フランヴェルジュは酔っていたに違いない。こんな事を言う人ではない。玉座の重みを知るが故にそれに対して真摯な人なのだ、フランヴェルジュは。
それに愛の言葉をこんなにも囁くのは不自然だった。思わずエスメラルダは間違いなくフランヴェルジュの筆跡か確認した位だ。だが、フランヴェルジュのものである。間違いはない。
どうなさったのかしら?
常軌を逸しているとしか思えなった。
『こんな事を言い始めたのは周囲が最近賑やかでな、婚姻婚姻と五月蝿い所為だ。俺はお前と以外添い遂げる気はない。お前と添い遂げられないなら王なんて辞めてやると思った。
だが、刻印のようなものなのだな。王とは。王冠が王の証かと思いきや、身体の何処かにか、もしかしたら魂の何処かに刻み付けられているのかも知れぬ。気付けば国の事を考えている。王なんて真っ平だと思っていたが思考が王なんだ。何処までも逃れられぬ。
その半面、此処は俺の居場所ではないという気がするんだ。強く強く思うんだ。此処ではない何処かで歌でも歌っているのが本当の俺のような気がするんだ。どっちが本当の俺なのか解らないし、どっちの生き方を本当は望んでいるのか解らない。結構辛いものがあるぞ、これには。
ただ、一日が終わって、おべっかやお追従の無いお前の手紙を読んでいる時。その時だ。ちゃんと生きている、と思えるのは。
何だかまとまりのない手紙ですまん。俺には手紙の才はないようだ、と、いう事はお前もよく知っている事だろう。と、いうかお前しか知らない筈だ。俺はお前にしか手紙を書いた事が無いからな。
ではな。くれぐれも身体に気をつけて。
フランヴェルジュ』
きゅっと、エスメラルダは手紙を抱きしめた。愛しさがふつふつと湧いた。
返事を書くために、エスメラルダは机に向かった。羽ペンのかりかりという音が時計の秒針の音と雑じって聴こえる。
『お疲れのご様子のフランヴェルジュ様へ』
書き出すと止まらなかった。
『王』である事に疑問を感じている様子のフランヴェルジュに殊更優しい言葉を選び、口づけて封をした。
加速する思いを抱いて、複雑な一日を終え、そしてエスメラルダは床に就く。