エスメラルダ
「ブランシール様!!」
フランヴェルジュがレーシアーナを下ろすか下ろさないかの内にレーシアーナは飛び出していった。膨らんできた腹を気にせず、華奢な靴を蹴るように脱ぐと、ベッドに飛び乗り、愛しい男のその身体を抱き締めた。
元より華奢な感じのあったブランシールだが、さらに痩せていた。レーシアーナはそれが辛い。
わたくしがついていればこんなに痩せさせなかった……!! わたくしが!!
「レーシアーナ、おはよう。それから有難う」
ブランシールの声は滑らかに響く音楽のようにエスメラルダには聞こえた。
エスメラルダが後ろ手で扉を閉めると、部屋は一杯一杯だったが誰も気にするものは居なかった。
「有難うって何ですの? ブランシール様」
震えながら顔を上げ、レーシアーナが問う。
その顔は美しかった。
涙で濡れて、頬に幾筋も痕が付いているというのに、レーシアーナのその顔は、愛しい人を再びその腕に取り戻した女の顔は、美しかったのだ。
綺麗なレーシアーナ。
エスメラルダはまた胸が痛む。
親友の幸せを素直に喜べない自分が嫌だった。そんな自分は汚らわしいといっても過言ではない。
その時、フランヴェルジュが不意に一歩、二歩、後退してエスメラルダの方に近付いてきた。視線はブランシールとレーシアーナに固定されたままだったが。
「赤ちゃんを、有難う。僕のレーシアーナ」
ブランシールは優しく囁く。
その言葉に、レーシアーナはまた新たな涙を誘われたようだった。
それを見ながらフランヴェルジュは溜息をついた。周りの目が気にならないのだろうか? 若さが羨ましかった。
だが、自分にはエスメラルダがいる。そう思い、つ……と無骨な手を、伸ばす。背中に居る人物、エスメラルダに向けて。
反射的にエスメラルダはその手を握っていた。触り心地の良い手ではなかった。分厚くて、ごつごつしていて、たこや肉刺が沢山ある温かい手。
その手を、エスメラルダは愛していた。
その手が、エスメラルダの帰ってくる場所であった。
「ただいま戻りましてございまする。フランヴェルジュ様」
エスメラルダは囁くようにいった。すると、フランヴェルジュはエスメラルダの手を握り返した。強い力で。
エスメラルダは不思議と痛いとは感じなかった。その力が愛情に思えて嬉しかった。
「フランヴェルジュ」
アユリカナが凛とした声で呼んだ。
その場を静寂が支配する。
だがそれも一瞬の事。
「これは勅命として聞け。国王たる余を支える弟、ブランシール・シャルレ・メルローアと、レイデン侯爵令嬢レーシアーナの婚姻を冬の善き日に定める。詳しい日時はレーシアーナの侍医と相談の上、発表する。これは命であり否やは許さん」
つっとエスメラルダの手を離したフランヴェルジュが王としてそこに君臨する。
レーシアーナはベッドから転がるように降りると裸足のまま跪いた。ブランシールもレーシアーナに続く。
「勅命、受け賜りましてございまする」
「全ては陛下の御心のままに」
ブランシールの言葉に続けてレーシアーナも言う。その声は震えていた。
「身籠っている最中の婚姻は辛い事と察する。しかし、子供が生まれてからの結婚では子供が一時的にでも私生児扱いとなる。それは避けたい。察してくれ」
「は!」
ブランシールが左胸を叩く。
レーシアーナがまた新しく涙を零した。
「後は二人で話しなさい。積もる話があるでしょうから。ブランシールも、そのお腹のふくらみを見たら自分が父親になると言う事実を噛み締めると思うわ」
アユリカナがそう言うとその場はお開きとなった。
母と兄と兄の恋人を見送ってから、ブランシールは溜息をついた。
「真に恐ろしきは母上ぞ」
「アユリカナ様が?」
絨毯の上に座り込みながら、レーシアーナが問うた。
「兄上は勅命を下された。しかし、この場の空気を支配していたのは間違いなく母上だ」
そういわれて見ればそうかもしれない。
だけれども、レーシアーナはその事に触れず、ブランシールの手を己が腹にあてた。
フランヴェルジュがレーシアーナを下ろすか下ろさないかの内にレーシアーナは飛び出していった。膨らんできた腹を気にせず、華奢な靴を蹴るように脱ぐと、ベッドに飛び乗り、愛しい男のその身体を抱き締めた。
元より華奢な感じのあったブランシールだが、さらに痩せていた。レーシアーナはそれが辛い。
わたくしがついていればこんなに痩せさせなかった……!! わたくしが!!
「レーシアーナ、おはよう。それから有難う」
ブランシールの声は滑らかに響く音楽のようにエスメラルダには聞こえた。
エスメラルダが後ろ手で扉を閉めると、部屋は一杯一杯だったが誰も気にするものは居なかった。
「有難うって何ですの? ブランシール様」
震えながら顔を上げ、レーシアーナが問う。
その顔は美しかった。
涙で濡れて、頬に幾筋も痕が付いているというのに、レーシアーナのその顔は、愛しい人を再びその腕に取り戻した女の顔は、美しかったのだ。
綺麗なレーシアーナ。
エスメラルダはまた胸が痛む。
親友の幸せを素直に喜べない自分が嫌だった。そんな自分は汚らわしいといっても過言ではない。
その時、フランヴェルジュが不意に一歩、二歩、後退してエスメラルダの方に近付いてきた。視線はブランシールとレーシアーナに固定されたままだったが。
「赤ちゃんを、有難う。僕のレーシアーナ」
ブランシールは優しく囁く。
その言葉に、レーシアーナはまた新たな涙を誘われたようだった。
それを見ながらフランヴェルジュは溜息をついた。周りの目が気にならないのだろうか? 若さが羨ましかった。
だが、自分にはエスメラルダがいる。そう思い、つ……と無骨な手を、伸ばす。背中に居る人物、エスメラルダに向けて。
反射的にエスメラルダはその手を握っていた。触り心地の良い手ではなかった。分厚くて、ごつごつしていて、たこや肉刺が沢山ある温かい手。
その手を、エスメラルダは愛していた。
その手が、エスメラルダの帰ってくる場所であった。
「ただいま戻りましてございまする。フランヴェルジュ様」
エスメラルダは囁くようにいった。すると、フランヴェルジュはエスメラルダの手を握り返した。強い力で。
エスメラルダは不思議と痛いとは感じなかった。その力が愛情に思えて嬉しかった。
「フランヴェルジュ」
アユリカナが凛とした声で呼んだ。
その場を静寂が支配する。
だがそれも一瞬の事。
「これは勅命として聞け。国王たる余を支える弟、ブランシール・シャルレ・メルローアと、レイデン侯爵令嬢レーシアーナの婚姻を冬の善き日に定める。詳しい日時はレーシアーナの侍医と相談の上、発表する。これは命であり否やは許さん」
つっとエスメラルダの手を離したフランヴェルジュが王としてそこに君臨する。
レーシアーナはベッドから転がるように降りると裸足のまま跪いた。ブランシールもレーシアーナに続く。
「勅命、受け賜りましてございまする」
「全ては陛下の御心のままに」
ブランシールの言葉に続けてレーシアーナも言う。その声は震えていた。
「身籠っている最中の婚姻は辛い事と察する。しかし、子供が生まれてからの結婚では子供が一時的にでも私生児扱いとなる。それは避けたい。察してくれ」
「は!」
ブランシールが左胸を叩く。
レーシアーナがまた新しく涙を零した。
「後は二人で話しなさい。積もる話があるでしょうから。ブランシールも、そのお腹のふくらみを見たら自分が父親になると言う事実を噛み締めると思うわ」
アユリカナがそう言うとその場はお開きとなった。
母と兄と兄の恋人を見送ってから、ブランシールは溜息をついた。
「真に恐ろしきは母上ぞ」
「アユリカナ様が?」
絨毯の上に座り込みながら、レーシアーナが問うた。
「兄上は勅命を下された。しかし、この場の空気を支配していたのは間違いなく母上だ」
そういわれて見ればそうかもしれない。
だけれども、レーシアーナはその事に触れず、ブランシールの手を己が腹にあてた。