エスメラルダ
『真白塔』の屋上にエスメラルダとフランヴェルジュが上がってきたのは午餐の後だった。
アユリカナが最も信頼しているフォトナ女官長が、仕える者の中では事実を知るただ一人の人間だった。
彼女が用意した午餐を、アユリカナとフランヴェルジュ、ブランシール、レーシアーナ、そしてエスメラルダが円卓を囲んで摂った。
その後漸くエスメラルダはフランヴェルジュと二人きりの時間をもてたのである。
しかも目立たぬよう屋上に上がる事を命じられたフランヴェルジュは不服そうな顔であった。晩秋。塔の上は寒いのだ。
アユリカナの持っているショールでエスメラルダをすっぽり包んでも、フランヴェルジュは未だ恋人が寒いのではないかと心配だった。
「大丈夫ですわ、フランヴェルジュ様。わたくしは平気です」
そう言って笑うエスメラルダの手を、フランヴェルジュは握り締めた。
「こんなに冷たい……」
呟く恋人に、エスメラルダの笑みが深くなる。そして赤い唇で言った。
「では温めて下さいますか?」
「どうやって? こうして俺の手で包んでいれば良いのか?」
「それだけでは足りませぬ。後はご自分でお考え遊ばせ」
「拗ねているのか?」
「まさか」
「いいや、拗ねている。逢ったその瞬間に抱き締めなかったとその目は拗ねている」
「解っていらしたの? なら尚の事教える事は出来ませぬ」
「じれったいな」
抱き寄せて口づけた。
赤い唇に焦がれて、夢にまで見た。
その唇が拗ねたようにすぼめられているのを見て欲望を抑え切れなかったというのは嘘になる。
だってそれはまるで、口づけをねだる顔。
フランヴェルジュは何度も何度も唇を重ねる。大切な人。愛しい人。
エスメラルダもそれに答える。フランヴェルジュの手がエスメラルダの手を自由にし、彼女の腰を抱いているので、彼女は彼の首を抱いた。
どくん! どくん!
早鐘を打つ心臓の音。身体と身体の間に殆ど隙間がない今、お互い聞き続けているだろうその音が重なり一つの音楽を作る。
しかし、唐突に口づけは止まってしまう。
「フランヴェルジュ様?」
ふっと、フランヴェルジュは身体を離した。
エスメラルダは不安になる。
わたくし。舌は噛まなかったわよね?
だが、エスメラルダがのんびりそんな事を考えていると、フランヴェルジュは膝を折った。
「我、メルローア国王として伏して汝に願い奉らん。我が傍らにて我が背負う荷の半分を共に、我が知る喜びの半分を共に、汝がその生涯を我と我がメルローアの為に捧げん事を願うものなり。これは命ではなく我が願い。全ては汝の心のままに」
エスメラルダは頭が真っ白になった。
求婚されているのだ。
ランカスター以外の人間が、エスメラルダを求めた。
気持ちなら知っている。だけれども妻になれようか? 醜聞に塗れたこの身が。
だけれども、フランヴェルジュが行った求婚はメルローア王家に代々伝わる誓言だった。
先代の王レンドルもアユリカナに同じ言葉を言った筈だ。
妾妃としてではなく王妃として。
「わたくし……わたくし」
エスメラルダは困ってしまう。
どうしたら良いのか本当に解らなくて、エスメラルダは膝を付いた。
黄金の瞳が、エスメラルダを見ている。
誓言だとランカスターに教わった。だが答え方までは指南してくれなかった。
「フランヴェルジュ様……」
困ったように呼ぶと、フランヴェルジュも困った顔をした。
「俺ではいけないか? 頼りないか? 答えは今すぐでなくとも良いから……だから」
「貴方しか要らないわ!」
エスメラルダはフランヴェルジュの頭を己が胸にかき抱いた。
心臓が破裂しそう。
どきどきしてたまらない。
「答えは……是ですわ」
エスメラルダの赤い唇が震えている。
戦慄く唇にフランヴェルジュは唇を重ねた。
アユリカナが最も信頼しているフォトナ女官長が、仕える者の中では事実を知るただ一人の人間だった。
彼女が用意した午餐を、アユリカナとフランヴェルジュ、ブランシール、レーシアーナ、そしてエスメラルダが円卓を囲んで摂った。
その後漸くエスメラルダはフランヴェルジュと二人きりの時間をもてたのである。
しかも目立たぬよう屋上に上がる事を命じられたフランヴェルジュは不服そうな顔であった。晩秋。塔の上は寒いのだ。
アユリカナの持っているショールでエスメラルダをすっぽり包んでも、フランヴェルジュは未だ恋人が寒いのではないかと心配だった。
「大丈夫ですわ、フランヴェルジュ様。わたくしは平気です」
そう言って笑うエスメラルダの手を、フランヴェルジュは握り締めた。
「こんなに冷たい……」
呟く恋人に、エスメラルダの笑みが深くなる。そして赤い唇で言った。
「では温めて下さいますか?」
「どうやって? こうして俺の手で包んでいれば良いのか?」
「それだけでは足りませぬ。後はご自分でお考え遊ばせ」
「拗ねているのか?」
「まさか」
「いいや、拗ねている。逢ったその瞬間に抱き締めなかったとその目は拗ねている」
「解っていらしたの? なら尚の事教える事は出来ませぬ」
「じれったいな」
抱き寄せて口づけた。
赤い唇に焦がれて、夢にまで見た。
その唇が拗ねたようにすぼめられているのを見て欲望を抑え切れなかったというのは嘘になる。
だってそれはまるで、口づけをねだる顔。
フランヴェルジュは何度も何度も唇を重ねる。大切な人。愛しい人。
エスメラルダもそれに答える。フランヴェルジュの手がエスメラルダの手を自由にし、彼女の腰を抱いているので、彼女は彼の首を抱いた。
どくん! どくん!
早鐘を打つ心臓の音。身体と身体の間に殆ど隙間がない今、お互い聞き続けているだろうその音が重なり一つの音楽を作る。
しかし、唐突に口づけは止まってしまう。
「フランヴェルジュ様?」
ふっと、フランヴェルジュは身体を離した。
エスメラルダは不安になる。
わたくし。舌は噛まなかったわよね?
だが、エスメラルダがのんびりそんな事を考えていると、フランヴェルジュは膝を折った。
「我、メルローア国王として伏して汝に願い奉らん。我が傍らにて我が背負う荷の半分を共に、我が知る喜びの半分を共に、汝がその生涯を我と我がメルローアの為に捧げん事を願うものなり。これは命ではなく我が願い。全ては汝の心のままに」
エスメラルダは頭が真っ白になった。
求婚されているのだ。
ランカスター以外の人間が、エスメラルダを求めた。
気持ちなら知っている。だけれども妻になれようか? 醜聞に塗れたこの身が。
だけれども、フランヴェルジュが行った求婚はメルローア王家に代々伝わる誓言だった。
先代の王レンドルもアユリカナに同じ言葉を言った筈だ。
妾妃としてではなく王妃として。
「わたくし……わたくし」
エスメラルダは困ってしまう。
どうしたら良いのか本当に解らなくて、エスメラルダは膝を付いた。
黄金の瞳が、エスメラルダを見ている。
誓言だとランカスターに教わった。だが答え方までは指南してくれなかった。
「フランヴェルジュ様……」
困ったように呼ぶと、フランヴェルジュも困った顔をした。
「俺ではいけないか? 頼りないか? 答えは今すぐでなくとも良いから……だから」
「貴方しか要らないわ!」
エスメラルダはフランヴェルジュの頭を己が胸にかき抱いた。
心臓が破裂しそう。
どきどきしてたまらない。
「答えは……是ですわ」
エスメラルダの赤い唇が震えている。
戦慄く唇にフランヴェルジュは唇を重ねた。