エスメラルダ
エスメラルダは導かれるまま進んだ。蝶々は指先を離れ、エスメラルダの耳のすぐ上の髪の毛に止まる・
否が言えるような雰囲気ではなかった。
しかし、奇妙な気分である。
エスメラルダはマーデュリシィの恋敵であったようだ。レイリエ以外にそのような女と顔つき合わせて話す機会がなかった為、ひどく奇妙な気分である。
石の高さはエスメラルダの膝位まであった。確かに腰掛けるには丁度良い。
マーデュリシィが座ったのを見てエスメラルダも腰掛けた。
「風の匂いが解る? 生々しいでしょう? 水と土と緑の匂い。わたくしは好きだけれども、貴女はどう?」
マーデュリシィに問われて、エスメラルダは一瞬困惑した。だけれども、すぐに頷く。
「わたくしの好きな匂いです」
「そう、良かったわ」
マーデュリシィは白い歯を見せて笑った。
よく笑う御方……エスメラルダはそう思う。
だけれども、つかみ所のない女性だとも思う。
話の飛躍の仕方が一般人とずれている。
この調子で、ちゃんとした話など出来るのであろうか?
大体何の話があるというのだろう? 繰言を聞かせたいのか?
「マーデュリシィ様……あの……」
「大丈夫。ちゃんと解っていてよ。貴女の言いたい事」
マーデュリシィは笑みを絶やさず言う。
「解ってはいるのだけれども、わたくしは貴方に話さなくてはならない事が一杯あるの。正直、どれから話したらよいのか解らないのよ。だからもう一寸時間を頂戴。大丈夫。『此処』で幾ら長い時を過ごしても戻ったら数秒しか経っていやしないわ。時間は気にしないで。そう、わたくし達共通の話題から……」
くしゃっ、と、マーデュリシィは緑の黒髪を乱暴にかきあげた。
「アシュレの話題を最初に終わらせましょうね。簡単な事なのよ。わたくしが恋していたのは貴女に恋するアシュレ・ルーン・ランカスターだったという訳なの。笑ってしまいそうでしょう? 貴女に情熱の全てを傾けている姿に恋したというのだものね」
「わっわ、わたくしは……」
エスメラルダは何か言おうとして口を開き、そして黙り込んだ。微笑が消えている。
『笑って見せますわ』そう、バジリルに言ったのに。
「あなたは可愛い子。無理に言葉を紡ぐ必要はなくてよ? さぁ、本題に入りましょうね。貴女は『審判』を恐れている。そうではなくて?」
エスメラルダの頬が羞恥に染まった。
誰かに何かを恐れていると知られるのが、これ程迄に恥ずかしい事だとは思わなかった。
「どうして……どうしてそれを?」
エスメラルダの問いに、マーデュリシィは笑顔を消した。
「夢を見たの。貴女の夢。貴女は雪嵐の日に『審判』を受ける」
「そんな! わたくしはもっと早く……!」
「早く『審判』を済ませてしまうつもりだった? そうでしょうね。貴女は嫌な事を先延ばしにしない。でも日にちを決めるのはアユリカナ王太后陛下。あの方の頭の中にはいつご自分の息子を結婚させなさるか、未来図が既に描かれている。貴女は命令される。そして貴女は逆らえない。でもね、エスメラルダ。『審判』を恐れないで。その『審判』を行い給いし主はこのように美しい地を創造なさった御方よ。貴女を『此処』に呼んだのは主の慈悲深さを貴女の体に覚えさせる為」
「『此処』を、創造……」
エスメラルダは立ち上がると両手を広げて目を見開いた。
美しい場所。慈悲の象徴。
羽を休めていた蝶々が飛んだ。
エスメラルダの目の前をゆっくり三回回り、それから羽を翻す。
光で満ちている。蝶々の燐粉までが光の粉。
「有難うございます。マーデュリシィ様」
両手を下ろすとエスメラルダは礼を取った。
「そんな事しなくて良いのよ、エスメラルダ」
「いえ、わたくしには何もお返しできるものがなく心苦しいですわ」
エスメラルダは頭を上げた。
マーデュリシィは隣の先程までエスメラルダが座っていた石をさす。座れという意味だ。
エスメラルダは少し軽くなった心で石に腰掛けた。そう。世界はこんなにも美しく、それを想像なされた主が残酷な事を強いる筈はないではないか?
エスメラルダは知らなかった。無垢ゆえの残酷さというものを。そしてマーデュリシィは教えなかった。
否が言えるような雰囲気ではなかった。
しかし、奇妙な気分である。
エスメラルダはマーデュリシィの恋敵であったようだ。レイリエ以外にそのような女と顔つき合わせて話す機会がなかった為、ひどく奇妙な気分である。
石の高さはエスメラルダの膝位まであった。確かに腰掛けるには丁度良い。
マーデュリシィが座ったのを見てエスメラルダも腰掛けた。
「風の匂いが解る? 生々しいでしょう? 水と土と緑の匂い。わたくしは好きだけれども、貴女はどう?」
マーデュリシィに問われて、エスメラルダは一瞬困惑した。だけれども、すぐに頷く。
「わたくしの好きな匂いです」
「そう、良かったわ」
マーデュリシィは白い歯を見せて笑った。
よく笑う御方……エスメラルダはそう思う。
だけれども、つかみ所のない女性だとも思う。
話の飛躍の仕方が一般人とずれている。
この調子で、ちゃんとした話など出来るのであろうか?
大体何の話があるというのだろう? 繰言を聞かせたいのか?
「マーデュリシィ様……あの……」
「大丈夫。ちゃんと解っていてよ。貴女の言いたい事」
マーデュリシィは笑みを絶やさず言う。
「解ってはいるのだけれども、わたくしは貴方に話さなくてはならない事が一杯あるの。正直、どれから話したらよいのか解らないのよ。だからもう一寸時間を頂戴。大丈夫。『此処』で幾ら長い時を過ごしても戻ったら数秒しか経っていやしないわ。時間は気にしないで。そう、わたくし達共通の話題から……」
くしゃっ、と、マーデュリシィは緑の黒髪を乱暴にかきあげた。
「アシュレの話題を最初に終わらせましょうね。簡単な事なのよ。わたくしが恋していたのは貴女に恋するアシュレ・ルーン・ランカスターだったという訳なの。笑ってしまいそうでしょう? 貴女に情熱の全てを傾けている姿に恋したというのだものね」
「わっわ、わたくしは……」
エスメラルダは何か言おうとして口を開き、そして黙り込んだ。微笑が消えている。
『笑って見せますわ』そう、バジリルに言ったのに。
「あなたは可愛い子。無理に言葉を紡ぐ必要はなくてよ? さぁ、本題に入りましょうね。貴女は『審判』を恐れている。そうではなくて?」
エスメラルダの頬が羞恥に染まった。
誰かに何かを恐れていると知られるのが、これ程迄に恥ずかしい事だとは思わなかった。
「どうして……どうしてそれを?」
エスメラルダの問いに、マーデュリシィは笑顔を消した。
「夢を見たの。貴女の夢。貴女は雪嵐の日に『審判』を受ける」
「そんな! わたくしはもっと早く……!」
「早く『審判』を済ませてしまうつもりだった? そうでしょうね。貴女は嫌な事を先延ばしにしない。でも日にちを決めるのはアユリカナ王太后陛下。あの方の頭の中にはいつご自分の息子を結婚させなさるか、未来図が既に描かれている。貴女は命令される。そして貴女は逆らえない。でもね、エスメラルダ。『審判』を恐れないで。その『審判』を行い給いし主はこのように美しい地を創造なさった御方よ。貴女を『此処』に呼んだのは主の慈悲深さを貴女の体に覚えさせる為」
「『此処』を、創造……」
エスメラルダは立ち上がると両手を広げて目を見開いた。
美しい場所。慈悲の象徴。
羽を休めていた蝶々が飛んだ。
エスメラルダの目の前をゆっくり三回回り、それから羽を翻す。
光で満ちている。蝶々の燐粉までが光の粉。
「有難うございます。マーデュリシィ様」
両手を下ろすとエスメラルダは礼を取った。
「そんな事しなくて良いのよ、エスメラルダ」
「いえ、わたくしには何もお返しできるものがなく心苦しいですわ」
エスメラルダは頭を上げた。
マーデュリシィは隣の先程までエスメラルダが座っていた石をさす。座れという意味だ。
エスメラルダは少し軽くなった心で石に腰掛けた。そう。世界はこんなにも美しく、それを想像なされた主が残酷な事を強いる筈はないではないか?
エスメラルダは知らなかった。無垢ゆえの残酷さというものを。そしてマーデュリシィは教えなかった。