恋の花咲く事もある。
鋼玉の指輪
一目会ったその日から
恋の花咲く事もある。

 出来ればそんな『一目惚れ』とやらには、一生関わり合いたくなかった。

 『一目惚れ』だけではない。恋愛関係の問題全てが厄介に思え、疎ましかった。

それらが自分の身から、綺麗さっぱりすっきり遠ざかって欲しいとすら思う。

「はぁ……」

 彼女は窓縁に貼り付いて溜息を吐いた。

 腹が立つ程美しく晴れ、綿の様な雲が風にたなびく空の下、その溜息は小型の雨雲でも呼びそうな時化具合だ。

 あるときから彼女、カテュリア国の王女ラゼリードは恋愛や結婚といった事柄に対して、ひどく無気力無関心だった。

 誰でもいい、とかそういう事ではなくて、相手が誰であっても嫌。嫁ぐのも娶るのも嫌。とにかく嫌。

 それは彼女の様な直系王族の唯一の嫡子としては、許されない怠慢だ。

 そもそもこの時代の王族の婚姻は政治の一部であり、当事者達の意志など果物屋でフルーツを買った際につけて貰ったリンゴの様な物──いわばオマケ。

 だが有り難い事にラゼリードは零落には程遠い大国の生まれ。無理矢理に政略結婚をする必要は無い。

 けれども、結婚しないという選択肢は無かった。

 高貴な血脈を次代に受け継ぐのは王族の義務と、口を酸っぱくして──お蔭で口の中は始終酸っぱい気がする──言われ続けてきたが黙って従う程、彼女は人間が出来ていない。

「どうかなさったんですか? 溜息などおつきになって……」

 今年18歳になり、成人の儀を終えたばかりの侍従の青年ヨルデンが、冷やした紅茶をグラスに注ぎながらラゼリードに問い掛けた。

「ちょっとね」

 彼女は、顔の前に垂れた銀色の髪を苛々と手で払い除けた。

「何があったのかお聞きしても宜しいですか?」

 ヨルデンはグラスをラゼリードの元に運んで来る。

ラゼリードはそれを受け取りながら左手を前に翳した。

「聞くよりも見て」

「? ……御手がどうか……ああっ!? 指輪!?」

 黙っていればそれなりに見た目の良いヨルデンの表情がくるくると変わる。思わず、といった様子で彼はラゼリードの左手を取った。

「ラゼリード様、こんな指輪……お持ちじゃなかったですよね…?」

「持ってないわよ」

 彼女の左手薬指には、見覚えの無い血の色をしたルビーの指輪が嵌っている。

「一体どなたから指輪を贈られたのですか?」

「さぁ……」

 ラゼリードの要領を得ない返答に、ヨルデンがきょとんと目を瞬いた。

その事については、ラゼリードだって知りたかった。
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