恋の花咲く事もある。
──翌朝。
ラゼリードは性別を男性に変え、身支度を行っていた。例によって指輪は彼の指を一瞬千切れる程締め付けたが、ラゼリードは無かった事の様に無視した。
昨日着ていたカテュリアの夏装束──薄物だが七分袖──では暑かったので、今日はルクラァン流の袖無し、小さな立て襟の装束を着た。それは昨日の散策の際に購入した物だ。
薄物の細身の袴を穿き、その上の二本の腰帯に剣を吊した。全く同じ十字架型の柄を持つ剣を二本、腰の左右に。そして短剣をニ本、とっさに手の届く左の剣の側と腰の後ろに仕込む。
目立つ銀髪は出来る限り垂れない様に首の後ろで結わえた。
準備は万端だ。
後は外套を被るだけ、という所で扉を叩かれた。ラゼリードは外套を椅子の背に引っ掛ける。
「はい。どなたでしょうか」
「私です。エルダナです」
「エルダナ様! 今開けます!」
ラゼリードが扉を開けると、エルダナがほんの一瞬だけ心底驚いた表情を見せた。
彼は室内に入り、後ろ手に扉を閉めながらラゼリードをしげしげと眺めた。
「……驚いた。セオドラから話には聞いていたけれども、貴方は本当に両性なんだね。昨夜の可憐な姫君は何処へやら。その姿の貴方は恰好良いね」
ふふ、と笑うエルダナにラゼリードが顔を赤らめる。
「その姿をあまり誉められた事は無いのかい? 顔が赤い。初々しくて愛らしいが、男性ならばもう少し余裕を持ちなさい」
「は、はい」
異様に重みのある言葉に、ラゼリードが素直に頷く。
「さて、情報の話です。どうぞお掛け下さい」
エルダナが椅子を勧めた。ラゼリードは外套を掛けた椅子に座る。エルダナももう一脚あった椅子に座る。
「良い椅子でしょう? これは家具職人となった私の幼なじみが作った椅子なのです。手造りなので数が少なく貴重なものでして、王宮内でも私の部屋と、この客間にしか置いていません。……ああ、話が逸れましたね」
エルダナは手にしていた紙の束をラゼリードに手渡した。
「これが怪しき者共を調べた全ての情報です。そして貴方にはこれを」
エルダナは懐から布に包まれた何かを取り出した。
彼が包みを解くと、そこには青い硝子の嵌った片眼鏡があった。
「どうも貴方の瞳は目立ち過ぎる。変装用にこれを常に身に着けていなさい。勿論、左目にです。青い硝子を使っていますので……ほら、瞳の色が同じ紫に見える」
エルダナはラゼリードの左耳に片眼鏡を掛けた。壁際の小卓から鏡を手に取り、ラゼリードを映してみせる。
そこには確かに両目共に紫色の、片眼鏡を掛けた青年が居た。
「私のお古を改造した物ですが、どうぞ」
「有難う御座います」
ラゼリードは素直に礼を述べた。
「さあ、時間がありません。城下に果物屋のエカミナと申す私の手の者がおります。まずは彼女をお訪ね下さい」
「エカミナ!?」
……昨日の果物屋さんは、ただの奥さんではないらしい。