恋の花咲く事もある。
「この国はいいわよー? 暖かいし、税金もそんなに高くないし」

「良い国なんですね」

「おにいさん、旅の人? この国は初めて?」

「あ、はい」

 果物屋の奥さんは気の良い人だが、話が長かった。
 ラゼリードは、彼女に話し掛けた事を心底から後悔していた。

 フルーツを買うだけにしておけば良かった。
 うっかりこの国について訊ねなければ……

 此処はルクラァンという王国。

 ラゼリードの祖国であり、今後病床の父王に代わって治めるカテュリアとは海を挟んで南側にある、世界一『精霊の多い国』だ。

読んで字のごとく、この国に住まう精霊と人間の比率が殆ど吊り合っているという珍しい国。

 カテュリアとは貿易が非常に盛んで、長年一番の取引相手として付き合ってきた国でもある。

 ラゼリードは今、ルクラァンを外遊中だ。
 代変わりしても良い国交を築く為、相手国を知る様に父王に言われたのが半月前。

 丁度ルクラァン側からも前々から招待したいと思っていたという声が上がり、さくさくと話は進んで今に至る。

 ちなみに今現在は『性別を変えて』お忍びで街を散策中だ。家臣はルクラァン王宮を出た時に撒いて来た。

 ……故に、果物屋の奥さんと、半分絡まれる様な形で会話していても誰も助けてくれはしない。

 地元民も、彼女の話が長いのを知っているのだろう。誰も絡まれる旅装束姿の青年を助けようとはしない。ラゼリードの予想が正しければ、助けに入った人まで奥さんのお喋りに巻き込まれるだろうから。

「おにいさん、色白いわねぇ。北の方から? 此処は日差しが強いから……そうそう、そんな風にフードを被ってないと日射病になるのよ」

「はぁ」

 別にラゼリードは日射病対策に外套のフードを下ろしている訳ではない。あくまで目立つ銀髪と、赤と紫の色違いの瞳を隠す為に着用している。

 見る人が見れば、この容姿はカテュリアの第一王位継承者だと丸解りなのだ。寧ろバレない方がおかしい。

「それにしてもおにいさん、佳い男だねぇ。ウチの亭主の若い頃を思い出すよ。リンゴ、オマケするわね」

 果物屋の奥さんが店先に積まれた赤い果実を一つ、ラゼリードの荷物にねじ込んだ。

「あ…有難う御座います」

「礼儀正しいねぇ。あら!」

「え?」

 不意に奥さんが、ラゼリードのフードの中を覗き込んだ。慌てて後退るも既に遅し。
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