恋の花咲く事もある。
◆◆◆

 ある春先の夜。
 消灯時間をとうに過ぎたというのに全く眠れず、仕方なくハルモニアは『火の道』を介して王宮を抜け出した。
 月の無い夜だった。
 ここ数年で彼の魔力はますます増幅し、最近は王宮から馬車で約1日程度の距離ならば一度の跳躍で跳べるようになっていた。
 勿論、誰にも秘密だ。
 遊びの達人である父なら気付いているかも知れないが、何も言って来ないのでこちらも何も言わない。
 有利な武器は隠しておくものだ。
 最近のハルモニアのお気に入りは港から外れた岬の灯台だ。
 そこの灯台守の爺やは石の様に無口で、ハルモニアが出入りしていようと動じない。
 もしかしたら父や王家の誰かの言い付けで見て見ぬ振りをし、油断させておいていざとなったら取り押さえるつもりなのかも、とも思うがそうなったらそうなった時だ。相手が火精でも一瞬吹き飛ばすぐらいは出来る。
 21歳。精霊でいうとまだまだ子供で、それでなくとも成長の遅いハルモニアだが 、案外シビアな考えを持っていた。
 その日も灯台天辺の大きな篝火を出口とし、潮風吹き荒ぶ灯台に降り立った。
 しかし灯台では遊ばず、長い螺旋階段を下って砂浜に出る。
 海からの強い風が、ゆったりとした夜着を千切れそうな程翻したが、彼は気にせず砂浜に寝転がる。
 火は勿論好きだが、風も土も嫌いじゃない。でも水は苦手なので水際には近寄らない。
 星を眺めて寝転がっていると、じわじわと眠気が襲って来る。このまま暫く此処で寝てもいいかな、と微睡み始めた時にその音は聴こえた。

 オールが船体と擦れ合って軋む音。
 密やかな話し声。

 火の元素が呼ばれ、松明に炎が点る──

 ハルモニアは目を覚ました。
 微睡んでいた頭にも、危険信号が灯る。
 月の無い夜に、港の無い灯台の麓に船?
 おかしいに決まってる。
 ハルモニアは伏せたまま海辺が見えるように、じりじりと体勢を変えた。
 そう遠くない浜辺に小舟と幾人かの人間、たった2つきりの松明が見えた。何か言い争っている。ハルモニアは耳を澄ませた。

「手が冷てぇ……」
「ゴチャゴチャ言わずに運べ。くれぐれも落とすなよ。大事な大事な取引物件だ。一輪でも散らそうもんなら命は無い」
「無茶だ、手が落ちちまう」
「首が落ちるのとどっちがいい?」
「分かりましたよ……ったく。……あっ!」
「馬鹿野郎! 火に近付ける奴があるか!」

 松明の側で揉めていた男の手の中で、予定調和の様にベルトと布の包みが解ける。
(氷? ……の中に青っぽい花?)
「溶けきってないならちゃんと包んどけ! すぐ出発するぞ」
 予め用意されていたらしい荷馬車。
 積み荷は積み込まれた。
(逃がすとまずい雰囲気だ……だが、火の元素が、奴らの持つ松明しか無い! 跳べない……!)
 ハルモニアの目前で、花は運び去られた。
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