恋の花咲く事もある。
ルクラァン市街の表通りを一通り見て歩き、満足した所でラゼリードは足を止めた。

 通りは既に寂しくなり、人通りもまばらである。数歩先の路地は暗く、明らかに先程歩いていた場所とは雰囲気が異なっていた。

 つまり、そこから先は裏通り。確か西区街と呼ばれていた筈。

 前もって入手していた情報によると、あまり治安はよろしくないらしい。

 何処の都市にも潜んでいる闇部。ルクラァンとて例外ではない。

 寧ろ表が栄えれば栄える程に闇は色濃くなると、話に聞いた事がある。

 ラゼリードは、外套の下に下げた武器を確かめ、一層フードを深く被ると、裏通りに踏み込んだ。

 だが、数分も歩かない内に彼の裏通り探索行はあっけなく打ち切られる。

「退いてくれ!」

「うわ!」

 ラゼリードが最初の角を道なりに曲がろうとしたその時、まさにその場所から誰かが勢い良く飛び出して来たのだ。かわしきれず、ラゼリードはその人物とまともにぶつかってよろける。

 ラゼリードが被っているフードが後ろにずれた。

「!」

 その人物は、ラゼリードを見るや否や、彼の外套をひっ掴んで表通り方面へと走り出す。
 とっさの事に、ラゼリードは外套をしっかり掴んで盗られない様にするだけで精一杯だった。勢い良く引っ張られてフードが完全に頭から背中に落ちる。

「何だ!? 何をするんだ!?」

「やめておけ! 此処は女には危険な場所だ!」

「はぁ?」

 女が何処に居る。

 ……ああ……私か。

 ラゼリードは疲れた表情で前方を走る人物を見た。ラゼリード同様、被っていたフードが脱げている。

 その黒髪の小さな後ろ頭に、ラゼリードは見覚えがあった。

 ……さっきの『若様』?

 子供が何故こんな場所から出てくるんだ。

 それよりも女に間違えられた事の方が気になるが。

 自分はどちらかと言えば、女顔だという自覚はあった。普段、カテュリアでは主に女性……それも王女として生活しているからだろうか。

 だが彼、及び彼女は『完全に女性ではない』。
 それどころか『完全に男性でもない』。
 簡単に言ってしまうと……『両性』。

 それも男性体と女性体の切り替えが利く両性体。そして風の精霊。

 王女でありながら同時に王子でもあり、カテュリア国の守護精霊を兼ねる次代国王。

 それがラゼリードの正体だった。
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