恋の花咲く事もある。
主従
 紅茶のグラスの中で氷がしゃらりと融け崩れた。

 グラスに浮いた露が、涙の様に表面を伝い落ちる。それは先に落ちた水滴の環に加わり、木製のテーブルをしっとりと濡らした。

「じゃあ……この指輪は素性の分からない少年に無理矢理填められたんですか!?」

 侍従のヨルデンは、愛嬌のある琥珀色の瞳を丸くして指輪とラゼリードを交互に見つめた。彼の視線の先で、北の大陸一美しいと謳われた美姫は溜息を吐く。

「無理矢理と言うか、勝手にと言うべきか……ともかく求婚と同時によ。信じられる? あの時わたくしは男だったのに、わたくしの性別を確かめもせず」

 ラゼリードは左手を右手で軽く包み込んだ。その左手薬指には、先程話に上がった血の色をしたルビーの指輪が輝いている。

 彼女はそれを心底嫌な物でも見る様な目つきで眺めた。

 ラゼリードは幼い頃より、性別についてはかなり拘る癖があった。性別を誤解されるのも、どちらか片方の性別だけを重要視されるのも嫌う。

 尋常ならざるその体質の事を考えると無理もないのだろうが、彼女の拘りや葛藤を正しく理解出来た者は居なかった。

 ラゼリードに仕えて早や10年になるヨルデンや、最も彼女に近い場所に居たカテュリアの先の守護精霊フィローリでさえも。

 何故なら人間も精霊も、その他の亜人種も、皆どちらか片方の性別しか持たないのだから。

「でもそれってその少年……ラゼリード様に一目惚れしたという事ですよね? ラゼリード様のお美しさに動揺して突拍子も無い行動を取ったのかも知れませんよ」

 あからさまにお世辞臭く聞こえる言葉だが、これでもヨルデンは本気で意見を述べている。上手く世の中を渡って行けるのか、思わず心配になる程に彼は口下手だった。

「有難う。でもあなたの恋人の可愛さには負けるわ。彼女はお元気かしら?」

「あ…はははは。勿論元気ですよ。あっ、お茶の氷が融けてる! ……入れ直して来ますね」

 ラゼリードは意味ありげな視線をヨルデンに向けると、意地悪く問うた。

 ヨルデンは笑って目を逸らし、わざとらしく結露に濡れたグラスを持ち上げると取り換えに走る。

 彼は長く仕えてくれている気心の知れた侍従だ。だが主君一筋に見えて、その実、最近出来た可愛い恋人に骨抜きになっているのをラゼリードは知っている。
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