恋の花咲く事もある。
 ラゼリードは話し相手が居なくなり、退屈した表情で椅子の背凭れに寄りかかった。

 急に体重を掛けても軋まない、良い造りをしたこの椅子は、是非母国にも一脚欲しい所だ。

 ラゼリードは控えの間の入り口を見た。ヨルデンはまだ戻って来ない。

 仕方なく再び視線を指輪に向ける。

 どうにもこの指輪は気に障る。彼女は指輪を引き抜くべく、右手で銀色の環を引っ張った。けれど指輪は、指にぴったりと張り付いて少しも動かない。まるで泣きながら眠った翌朝、指が浮腫んだ時の様に。

「そういえば、ラゼリード様」

 ヨルデンが新しいグラスをトレイに載せて控えの間から現れた。ラゼリードは指輪と格闘しながら顔を上げる。

「何?」

「どうしてそんな指輪を填めたままになさっているのですか?」

 見れば解るだろうに。全く、この子は。

 ヨルデンの間抜けな問いにラゼリードの片眉が微かに上がる。

 なんだか出来の悪い弟を持った気分になるのは何故だろう。それでも憎めないのは彼の才能だと思う。

「この動作で状況を察して頂戴。抜けないのよ」

 ヨルデンはトレイをテーブルに下ろすと、ラゼリードの手元を覗き込んだ。

「えぇ? そんなまさか。宜しければ僕が外しましょうか?」

「無理だと思うけど……やってみなさいな」

 ラゼリードは青年に向かってそっと左手を差し出した。それをまるで壊れ物を扱う様に優しく包み込むヨルデン。

 侍従ではあるけれども、その仕草の慎重さは近衛騎士にも負けず劣らない。

「王子の指に合う指輪なら、姫様の指には大きい筈ですよ……」

 つるり。

 優しい手つきで指輪を抜こうとした手が空振りした。

「ほらね」

「あれ? おかしいな。……姫様、太られました?」

「なっ……」

 ラゼリードの頬がピクリと痙攣を起こした。綱玉を思わせる紅い左目が細められ、剣呑な光を帯びた。彼女は、低く地を這う様な声で、それでも甘く囁く。

「ヨルデン……女性にも主君にも言うべき言葉ではなくてよ?」

「もっ、申し訳御座いません! お許しを!」

 ヨルデンは遅蒔きながら失言に気づいたらしく、ドレスの足下に身を投げ出す様に跪き、頭を垂れる。

 ラゼリードはそれをあからさまに無視して目を閉じた。

 彼女の姿が一瞬陽炎の様に揺らめき、直ぐに元に戻る。

 否。元に、ではない。椅子に座っている人物はドレスを纏った王女ではなかった。
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