恋の花咲く事もある。
「ヨルデン、私の手を見ろ」

「え?」

 呼び掛けは低い、男性の声。額を床に擦り付けんばかりに平伏していた侍従は、慌てて顔を上げた。

 彼の視線の先には怒っても艶やかな美姫は居ない。

居るのは簡素なシャツとズボンを身に付けた、姫と同じ目の色、同じ髪の色、同じ顔をした男性だ。

「ラゼリード様、いきなり切り替えないで下さいよ」

「いいから、手を見ろ! 見逃すぞ」

 彼、ラゼリードは驚いた顔をした侍従の前に左手を突き付ける。

 その左手薬指には先程までと同じルビーの指輪。

 ただ一つ違うのは指輪が大層小さく、指がきつく締め付けられて痛そうな所だ。

 それを証拠にラゼリードの手は震え、薬指には青く血管が浮き出ている。

「ラゼリード様! 指が!」

「大丈夫だから……見ていろ」

 顔色を変えたヨルデンに小さな声でそう言うと、彼は指輪に視線を落とした。
 

 キラリ、ルビーが光を放つ。
 

 同時に小さな指輪が目に見えて大きくなり、細いながらも筋張った男の指に丁度良い大きさになる。

 もう、指は締め付けられていない。最初から彼の指に誂えられた物の様に、指輪は自然に指に填まっている。

 ヨルデンが目をまんまるく見開いた。

「な、なんだこの指輪……。大きくなった……!?」

「解ったか? この指輪は魔法道具なんだ。誰が何の為にかけた魔法か知らないが……指輪が外せない上に、自動的に環の大きさまで調節する魔法が掛かっている」

「そんな魔法があるんですか……凄い……」

「なにせ精霊の国だからな。人の国からしてみれば及びもつかないものに溢れているんだろうさ」

 魔法に不慣れなヨルデンは、やはり姫にする様に慎重にラゼリードの手を取り、指輪に恐る恐る触れている。と、その手が指輪を離れて彼の薬指をさすった。
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