恋の花咲く事もある。
「ラゼリード様」

「ん?」

 指から視線を上げたラゼリードは、思いの他瞳に厳しい色を浮かべたヨルデンが自分を見ているのに気付き、少々戸惑いを覚える。

「痛かったのでしょう? 僕に見せる為なんかに痛い思いをなさらないで下さい。下手をすれば指を失う所ですよ」

「……確かに痛かった。そうだな、お前の言う通りだ。軽率だった」

 ラゼリードは暫し黙り込むと素直に非を認めた。女性的な顔立ちとはいえ、大人の男がこくりと頷く様は、可愛らしいのだか滑稽なのだかよく分からない。ヨルデンは小さく吹き出した。

「それに、さっきも言いましたけど……いきなり性別を切り替えないで下さい」

「何を今更。見慣れているだろう?」

 ラゼリードの眉間に軽く縦皺が入る。

「ラゼリード様、皺が出来るからその顔もやめて下さい。……見慣れていますよ。でもこちらが俯いている間に切り替わっていたら誰でも驚きますよ」

「そうだな……。しかし、口うるさいな、お前は」

 ラゼリードは困った様な笑みを唇の端に浮かべた。

「主君をお諫めするのも良い家臣の役目ですから」

 ヨルデンは少しすました顔で答えた。

 自分で『良い』と称する辺りが可笑しくて、ラゼリードは笑って呟く。少しばかり寂しげに。

「良い家臣ね……。弟みたいなものの間違いじゃないのか?」

「お戯れを。勿体無い事をおっしゃらないで下さい」

 ぴしゃりと言い切るヨルデンは紛れもない家臣だった。

 ある程度言いたい事を言い合って仲良く付き合えても、やはり友ではない。

 弟にはなってくれない。兄にも姉にもなれない。

 主君と侍従でしかない。

 急にヨルデンが遠く感じられた。



 やはり私は、ひとりなのだ。
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