薔薇を食する少女達
「はしたない声。良いの?お嬢様がそんな」
「美苑の所為だわ……貴女が、シャンだから……」
「それだけ?」
「……──っ」
聖良は頷けなかった。
美苑の容姿だけではない。彼女の全てに魂(こころ)を奪われていたからだ。
血など、いらない。
聖良は美苑と、たった一つの命になりたかった。
がたん、と。
廃校舎の出入り口を塞いでいた扉の音がした。
しんとした夜半の闇に、それは聖良と美苑のいる三階にまで、やけに大きく聞こえてきた。
風の仕業ではない。月明かりの差し込む硝子戸の向こうに見える、薄ら明かりに浮かんだ校庭の木々の葉は、絵画さながらに静止している。
聖良は、美苑の腕の中にいた。
じきに、がやがやした雑音が、近付いてきた。
「シスター・デリア・エッダ!こちらですっ……」
「あ、ジーナ・バローニオ・岩崎、お足元にお気を付けて」
「お任せなさい。経験はあります。五十年前のように、必ずや罪なき乙女を救います!」
複数の足が古びた階段を駆け上がる、木材の軋む音が連なる。
何より聖良の耳を痛めるのは、聞き覚えのある教師の声と、知らない女性達の声だ。
光港女学校に、聖職者はいない。
教師の声は、聖良がよく知る生徒指導の女性のものだが、他にいる二人の少女と、いかにも人生の酸いも甘いも噛み分けたような女性の声は、聞き慣れない。
「美苑……よく分からないけれど、隠れた方が、良いかも知れない」
ただ、得体の知れない危機を覚えた。
階段を昇ってくる女性達に、何かをことごとく粉々にされる。
良くない予感ばかりがして、美苑は聖良にしがみつく。
「聖良」
聖良を抱き締めていた美苑の腕に、ぎゅっと力が添えられた。
美苑のあえかな細腕が、心なしか震えている。そう感じたのは、聖良自身が、底知れない恐怖に追い詰められつつあるからか。
聖良の耳に、美苑の吐息が、優しく触れた。
「聖良」
「…………」
「お別れだよ」
「っ……」
──あの修道女は、私から一対を奪った人。
それは、にわかに信じ難かった。
聖良は、美苑の言葉を解せなかった。聞き違いであれば良いと思った。