薔薇を食する少女達
出逢い
  
 件(くだん)の女学校は、海に面する町の某所にある。
 明治中期から末期にかけて、そこは華族や資産家の娘の通う、学舎として知られていた。
 私立光港女学校は、創立五十周年を経た現在、少し裕福な家の娘なら、試験をパスすれば入学出来る。
 もっとも一部の職員達からは、やはり入学条件にそれなりの家柄も含まれるべきだという意見も、未だ絶えない。されど古き良き校風を重んじる彼らが渋々、新たな風を受け入れざるを得なかったのには事情があった。

 ある年を境に、入学希望者が激減したのだ。

 私立光港女学校を仕切る重役達は、入学希望者が凄まじく減った原因を、とうに掴んでいた。さりとてその腫瘍を取り除くのに、彼らは無力すぎたのだ。







 西日も沈み、暮色は夜陰に覆われていった六時頃──校舎は、しんと静まり返っていた。

 天槻聖良(あまつきせいら)は、一人、裁縫室に居残っていた。

 聖良の、幼さの残った頬には紅こそつけていないものの、毎晩手入れしている甲斐あって、ふっくらした弾力がある。
 長い黒髪を編み込みした束髪に、手製の薄紅のリボンを結わえていた。

 聖良の気分は最悪だった。

 憎らしいのは、自分をこんな時間まで学舎に縛りつける、家庭科の補習だ。

 光港女学校の教育は、授業のほとんどが家庭科だ。他の私学も変わらない。
 元号が明治から大正になり、五年少し過ぎた現在、私学の女学生というものは、割烹だの裁縫だの、そんなことばかりさせられていた。

 卒業後、大抵の女子は家庭に入る。

 かくいう時代の風潮故、家庭科だけはみっちり仕込まれていたのである。

 聖良にとっては、馬鹿げた話だ。
 ミッションスクールか、官立学校に行きたかった。

 "……面倒臭い"

 手は、完全に止まっていた。

 聖良が作りかけの着物を眺めていると、つと、少女のすすり泣く声が聞こえた。
 ほんの微かなその声は、聖良の耳の奥に、響いてくるようでもあった。

 年間の自殺者数、日本一──。

 ここ、私立港光女学校には、そんな喜ばしくない記録がある。

 今泣いている少女にも、苦しく辛い、耐え難いことがあるのか。
 彼女も、死という楽園への入り口に、誘惑されるのかも知れない。

 "たった一人で、死ぬの?"

 聖良はすっくと立ち上がる。
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