薔薇を食する少女達
いとしくて
漆黒の夜空に白い月が昇る頃──聖良は、光港女学校の廃校舎にいた。
真っ暗な闇に身を潜めて、知り合って間もない、さりとて昔から知っていたような最愛の恋人の腕に抱かれて、聖良は楽園にいざなわれつつあった。
「あ、あん……美苑……」
顫える意識が、芳しい白に覆われてゆく。
人のものならざる鋭利な犬歯が、聖良の首もとに食い込んで、突き刺さっていた。美苑の柔らかな唇が、聖良の真っ白な素肌から流れ出す血液を、優しく優しく啜ってくれる。
首筋が、柔らかな熱に浮かされる。こぼれた赤を舐め取ってくれる美苑の舌に、聖良の快楽はぞくぞく煽られていた。
夜の学舎は、誰に遠慮することなく、恋人との逢瀬を楽しめる場所だ。
聖良は、昼間の袴姿ではない。
美苑にとっておきの自分を見せたいから、今夜もお気に入りの洋装だ。
ヨーロッパで絵を学んでいた知人にドレスの図案を描いてもらって、懇ろにしている針子に仕立てさせた洋服は──ブラウスの上に取り合わせたビスチェから、ふんだんにギャザーを寄せたスカートが、ふわりふわりと広がっている。
淡い花柄が、古びた廃校舎に花を添えていた。
「聖良……君は美しい。私を愛している?聖良……」
切なげな美苑の囁きが、耳許に触れた。
このまま全て血を抜かれて、殺されても構わない。
いっそ殺されたくなる、熱く悩ましげな声だ。
「愛してるわ……愛してる……」
美苑が、聖良を覗き込んできた。
切れ長の目許に映える、漆黒の夜空のような眼差しが、心なしか熱を帯びて見えた。
「美苑……」
仄かな鉄の匂いがする、彼女の唇が、聖良のそれに近付いてくる。
聖良と美苑は生命(いのち)の儀式を終えた後、今度は人間同士の甘いキスを楽しみ始める。
美苑のような存在を、聖良は本から知識を得て知っていた。
人間の血を糧にして生きる、吸血種族──。
人でもなく魔物でもない、ただ、人であった過去を持つという美しく悲しい存在は、異国の地で発祥したらしい。
もっとも、それは伝説だ。
まさか、この日本でまみえるとは思わなかった。
しかも、月浦美苑という少女の美しさは、聖良の思い描いていたヴァンパイアのイメージを遙かに超えていたのである。