薔薇を食する少女達
「聖良」
聖良が振り向くと、美苑が、古びた机に腰かけていた。特定の主がいない机には、所々、傷がある。
「琴葉は、元気?」
美苑の遠慮がちな声色は、おそらく、聖良に気を使っているからだ。
「何とか生きてる」
「そっか……良かった」
「でも、彼女、可哀相」
「琴葉のとこに、戻った方が良い?」
美苑の両手を緩く握る。
たゆたわず、聖良は首を横に振る。
「戻らないで。美苑は私のものでしょう?私が美苑のものなのだから」
和服姿の、この世のものならざる美しい少女の両手に、頬を寄せる。
主にかしずくはしためのような仕草で、キスをした。
光港女学校には、入学希望者達を気後れさせるだけの、評判がある。
それと言うのも、在学中に自殺する女学生の数が甚だしいという噂が、根も葉もない流言ではないのだ。統計すれば、その数、この小さな島国一に達する。
彼女達が命を絶つ動機こそ、聖良の美しい恋人が関係していた。
代わる代わる恋(エス)の相手を乗り換える、美苑に別れを告げられた少女が、絶望する。そうして彼女達はかなしみの末、無垢な命の灯火を、自ら吹き消していたのだ。
琴葉という、いたいけな下級生の失恋を目の当たりにした聖良は、彼女の憎き恋敵になったと同時に、かくいうこの女学校の知られざる謎を知ることとなった。
聖良も、美苑に囚われた。
いずれ自分も、儚い花の如く少女達と同じ末路を辿ることになろう。
されど、美苑を欲する得も言われぬ衝動に、抗えなかった。
「琴葉さんは、大丈夫。私が慰めて差し上げているから……」
美苑が、これ以上、そのあたたかく繊細な魂を痛めてはいけない。彼女が絶縁した少女の屍に涙しなくて済むのなら、聖良は、彼女の過去の恋人にも親身になって接してやれる。
「聖良は優しいね。天使みたいだ」
美苑が、聖良の髪に、緩慢に指を滑らせていく。
聖良には、美苑がおよそ半世紀も前に生きていた人間だなんて、信じられない。
美しい彼女は、今、確かに聖良の側にいる。この女学校に息づいて、人知れず少女の血を啜って五十年近く彷徨い生きてきたなんて、今でも実感が持てない。