魔王に甘いくちづけを【完】
―――私、椅子から落ちたの?

・・・そういえば。

お茶の時間の後課題に取り組んでて、なんとか全部答えを書き終わってホッとして。

で、それから急にすごく眠くなったことまでは、覚えてる。

それでそのまま眠ってしまったんだわ。



「・・・何か、夢を見ていただろう。あまりに辛そうで、どうにも起こさずにはいられなかった。すまんな。痛むだろう。すまん」



大きな掌がそっと頬を撫でた。

温かさを感じて、心の中にあった想いが、夢の中の想いが、せり上がってきた。

どうしようもなく、哀しい。



――そうなの、辛かったの。


とても苦しかったの――



涙が知らずに溢れてくる。

泣くつもりなんてないのに。


あの夢に出てきたのは、多分、幼いころの私。

どうしてあんな状況になってるのか、わからない。

でもきっとあれは実際にあったこと。



「夢の内容。この涙の訳を、無理に聞こうとは思わない。俺に話す気になったら、教えてくれ・・・いいな?」



親指が優しく頬の涙を拭ってる。

バルの瞳が辛そうに細まってる。



―――ごめんなさい、今は何も話せない。

あまりにも分からないことが多すぎて。

文字が読めたことも、夢の話も―――


バルの言葉に無言で頷くしかできない。



「・・・ジーク、あとを頼む」


「はい、バル様。畏まりました」






床に落ちた時額をうったみたいで、少したんこぶが出来ていた。

腫れているぞ、と指摘されて意識した途端にずきずきと痛みだした。

ジークは鞄から小瓶を取り出して、中の液体をガーゼに含ませて貼ってくれた。

ひんやりとして気持ち良くて、すぐに痛みが引いていった。

あれはきっと、フレアさんの薬ね。


狼の人達は基本的にみんな優しい。人情に厚いというか。

種族が違うのに、リリィにもわけ隔てなく接してくれる。

中にはマリーヌ講師みたいな方もいるけれど・・・。



“見てるのは記憶の夢か?俺たちは話を聞くことしか出来ん。何でも聞くし相談にも乗る。だから一人で悩むなよ。いいか?”


治療の後ジークはそう言ってくれた。

王妃様に心の健康を見るよう言われてるからというのもあるのだろうけど、言葉をもらえるだけでありがたいと思う。

心の中が楽になった。

私には、支えてくれる人たちがいる。


一人で悩まなくてもいいんだって、そう思えた。



記憶を解きほぐすのは、まだまだ難しい。

今までに見た夢は全部場面が違っていて、何処がどう繋がるのか分からない。

しかも、この城に来てからは見る内容が濃い気がする。

だからもしかしてある日突然に、すっぱりと全部思い出せるのかもしれない。


名前も国も、生い立ちも・・・。
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