魔王に甘いくちづけを【完】
「お・・・脅かすなよ・・・」


声を出したのは上等な衣服を身に纏い、紳士淑女といった感じの風貌のお二人。

きっと貴族の方なのだろう、珈琲を嗜む姿も窘めるような語調も品がいい。

この方たちが『耳』でなければいいが―――


カウンター席の男達は、怯えたような瞳で周りをキョロキョロと見廻している。


「大丈夫ですよ。今は誰もおりませんから。これから気をつければいいことですよ」


せめて安心させようと思い、店主がにこりと笑むと二人の男はバツが悪そうに顔を顰めて黙り込んだ。

そのまま二人は無言のまま珈琲を啜る。


店主は再び窓の外を見やった。


雨に煙る山の方に王が住む城が微かに見える。

あの中に、歴代最強と謳われるセラヴィ王がおられる。

病に侵され引退されるという噂はやはり本当なのだろうか。

確か先代の御崩御のときも、こんな風に天候が不安定だった。

現王も妃を迎えられないまま、したいことも出来ずに引退などとは、さぞかし無念なことだろうに。

口塞がない者たちは「不運の王」と言ってるが。

本当に気の毒なことだ―――



「ごちそうさん。店主、ここに代金置いとくよぉ」



その声にハッとして視線を戻すと、カウンター席の二人がチャリンとお金を置いて、連れ立って外に出ていくところだった。



「ありがとうございました。お気をつけて」



心なしか縮まってるように見える背中に声を投げると、二人のうち一人は大丈夫なことをアピールするように、肩越しに手をひらひらと振った。


カウンターのカップを片付けテーブルを拭き、カップを水に浸した。



―――まぁ何にしろ、私たちにはどうにも出来ないことだな。

ゾルグ様かラヴル様か、このままセラヴィ様の世が続くのか。

私などがいくら憂いていても、成るようにしかならないことだ―――


店主は自嘲気味に笑った。


チリリーン・・・


来客を告げるドアベルの音が鳴る。

愁いた顔を振り払い、すぐさまいつもの営業スマイルを作って客に向かった。

傘を閉じ、コートについた雨を払う客をテーブルまで案内する。


「いらっしゃい。雨の中ようこそ。さぁこちらへ―――」
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