魔王に甘いくちづけを【完】
―――――ざあぁぁ・・・


丈の長い草が風になびき音を立てる。

見える範囲、奥の方まで続く緑の草の原。

両側は背の高い木が立ち並び、家の影は全く見えない。

山の中か、森の中、そんな所にあるような草原。


今にも泣き出しそうな暗い空。

湿り気を含んだ強い風が吹く中で、じっと立っているのは少女の頃の、私―――・・・




「あのぉ・・姫様」


おどおどした感じの声がした。


「なぁに?エリス」

「この空模様、もうじき嵐がきますわ。そろそろお戻りになりませんと。それに、今、こんな場所にいることが知れたら、お咎めを受けてしまいます」

「いいの、お叱りなんていくらでも受けるわ。大丈夫よ。エリスには迷惑をかけないから、安心して」




長い髪が遊ばれて、さらさらと後ろに流れる。

小さな草原に佇み誰かが現れるのを待ってる。

何日も、何度も、ここに来てる。



ここに、来て欲しい。


少女の頃の切なる願いを感じる。



―――会いたい―――



感情が、想いが、体の中に流れ込んでくる。



・・・誰に?・・・


集中して自らの心に問い掛ける。



・・・誰に、会いたいの?・・・




―――あのときの、子に・・・―――



・・・あの時の、子?・・・あの時って・・・

あぁ、そうか、この場所は――――




ぽつん、と腕に水滴が当たった。

エリスの言ったとおり雨が降ってきたみたい。




「あぁ、やっぱり。姫様!お早く!お早く馬車へ」


痛いほどにぐいぐいと腕を引かれていく。



「痛いわ、エリス」



そんなに強く引かないで。ちゃんと歩くから。



「申し訳ありません」



腕からぱっと手が離される。


でも、エリスが手を離しても、何故か痛みが消えない。





どうしてまだ痛いの?

・・・うぅん、違うわ、これは・・・。

さっきから痛いのは・・・腕じゃなくて、肩、だわ。




ペシペシ・・ペシペシ・・



一定のリズムが刻まれてる。

次第に現実に引き戻されていく。

鈴の転がるような柔らかな音も聞こえる。


違う、これも。

・・音じゃなくて、人の声。



誰が、何を言ってるの――――?




よく聞き取ろうとしてそれを意識した途端。

まわりにあった草原がフッと消え、風の吹く感覚も、掻き消えた。
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