魔王に甘いくちづけを【完】
王妃様の前で泣くなんて、余計な心配をかけるだけなのに。

どうにも止めることが出来ない。

顔をてのひらで隠して声を殺していると、体のまわりをフワッとした優しい香りが包み、柔らかな感触が頭を包み込んだ。

すぐそばで声が聞こえる。



「いいんですのよ。

そんなことは構いませんわ・・・我慢しなくてもよろしいのです。

思い切りお泣きなさい、少しはすっきりするでしょう。

貴女は我慢しすぎなのです・・・。

私も、無理に笑わせたり、食べさせようとしたのがいけませんでしたわね」




王妃様の手が、ぽん・・ぽん・・と背中を叩いている。

あたたかさと優しさが伝わってくる。

顔も思い出せない母を思う。



――――もしも・・・

もしも今、母がここにいたら、こうして抱きしめてくれるのかしら。

こうして、言葉をかけてくれるのかしら――――



心音と重なるような、そんなリズムを感じていると徐々に落ち着いてきた。

それを感じ取ったのか、王妃様がぽつりと話し始めた。



「昔・・・こうしてあの子をなだめたことを思い出します。

結構、泣き虫な子でしたのよ」


「・・・王子様が?」



優しい腕をそっと解いて見ると、ハンカチを使って濡れた頬を拭いてくれた。

バルにそっくりの瞳が、優しく見つめてくる。



「えぇ、今は、想像もつきませんでしょう?

虫に刺されたと言っては泣き、手合わせで負けたと言っては泣いて。

あとは、そうですわね・・・・。

そうそう、物語を読んでも泣いていましたわ。

本をしっかりと抱き締めて私のところに来ましてね。

“母さま、なんとかしてください”って言うんですの。

瞳に涙をたくさん溜めて、唇をぐっと噛みしめて。

それだけでは何のことか分かりませんでしょう?

よくよく聞いてみますと、物語の中で仲間が怪我をして天に召されるシーンがありましてね。

それをなんとかしろと言うんですの。

あの時は宥めるのに苦労しましたわ・・・・。

あの頃は、優しくていい子でしたのよ。

今は、全く考えられませんけれど」



「王子様は、今もお優しい方です。ただ少しだけ言葉が足りなくて強引ですけど」



「まぁ、ユリアさん、貴女こそお優しいわ。

ご自分がこんな状況なのに、あの子を庇うことが出来るなんて」



素晴らしいことですわ、そう言いながら再び頬にハンカチをあてる。

そのやさしかった瞳が、みるみる色が変わっていく。

鋭い光を放ってて、何だか怒ってるように思える。



「―――――でも、本当に、全く、あの子ったら。

こんな状態の貴女をおいていくなんて。

戻りましたら、きつく叱らなければなりませんわ!」



許せませんことよ、と呟いてハンカチをぎゅうぅっと握り締めた。

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