魔王に甘いくちづけを【完】
「はい、大丈夫です。気を失ったというか・・心が違う場所に飛んだというか・・・。何でもないんです。・・いいんですか?ここに来て。皆さんの治療は?」

「心配するな。もう済ませてある。あとは御殿医に任せておけばいいことだ。遅くなったのは、書類の作成に手間取っててな・・・。どうもああいうのは苦手でいかん」



煩い書官に何度も書き直させられて参ったよ、と頭を掻きながら苦笑した。

すぐさまその表情が変わり、真剣なものになる。

全てを見透かすような真摯な瞳が向けられる。



「で――――心が飛んだと言うのは、どういうことだ?お前の主治医として言う。独りで抱え込まず、全部話して欲しい。お前に何かあったら、俺は一生バル様に恨まれる。―――――記憶を見たのか?」


ジークの顔をじっと見つめて無言で頷く。


「前に、椅子から落ちた時うなされていたが、見ていたのは、記憶の夢、か?」



表情の変化を見逃さないように、確認するように、一つ一つ言葉を区切るようにして聞いてくる。

ふと思う。もしかしたら、ジークだったら、『カフカのコックさん』に会わせてくれるかもしれない。



「・・・最近、記憶の映像をよく見るんです。以前は夢でしか見られなかったけれど。今日は違ってて。さっきは、こうして座って王妃様とお話してる最中に見たんです。ざあぁぁ・・と風景が現れて――――」



今日見た二つの記憶、状況と見たものをかいつまんで話し始めた。

ジークは黙ったままじっと聞いている。

話し終わると、腕を組んで、うーん・・と低い唸り声を上げた。



「―――それを見る前に、何か、きっかけとなるような物を見たり、起きた出来事があったはずだ。一度目は分かる、例の事件だろう。二度目は――――?何か思い当たるか?」

「はい。王妃様のお持ちになった外国のお菓子です。『カフカ』出身のコックさんが作ったものだそうで、それを食べたんです。そしたら―――」

「―――心が飛んだというわけか・・・。うむ、滅多なことは言えないが。『カフカ王国』は最近滅んだ国だ。申し訳ないが・・・それが、お前の祖国かもしれんな」




―――滅んだ国。今はなき国。



“姫様”


エリスという名の侍女。

あの時室長と重なったあの背中は、あの子のものかもしれない。


“命に替えても”


誰もが命を投げ出して私を守ろうとしてくれた。

皆が命をなくしたのに、私だけ、こうして生きている。

それが何故なのか、知りたい。

私が、誰なのかも。

『カフカ』のコックさんなら何か知ってるかもしれない。

可能性は、とても低いけれど――――



「はい・・・それで、あの・・・お願いがあるんですけど・・・」
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