魔王に甘いくちづけを【完】
つい、言葉を途切れ途切れに出してしまう。

駄目と言われる確率の方が高いから、遠慮がちになる。

この広い城で、王妃の宮のコックさんというだけで、名前も顔も知らない方に会わせて欲しいというのは無謀だと思う。

しかも、誰にも内緒で、となるとさらに難しくなる。

協力してくれる方がいれば別だけど。



腕を組み顎に手を当てて、何事か考えてる風のまま、ジークが言う。



「ん、何だ?俺に出来ることなら何でもするぞ」

「・・・私を、その『カフカ王国』のコックさんに会わせてもらえないでしょうか」



すぅと上がったダークブラウンの瞳と、視線が合う。

困ったような、戸惑うような色を浮かべてる。

念を押すように、真剣なことが伝わるように、願いを声に乗せた。



「・・・知りたいんです。その方に、聞きたいことがたくさんあるんです」


辛いことと向き合うことになるかもしれないけれど。

知らなければいけないと思う。



「・・・すまん。それは無理だ。会わせてやりたいのはやまやまだが、バル様がいない時に宮に余所者は入れられん。かといって、お前を外に連れ出すわけにもいかんのだ」


特に、今はな、分かってくれ、と付け加えた。

―――やっぱり王妃様と同じ答え・・・

予想してたけど、少しだけ期待していたから落胆してしまう。



「・・・そうですよね・・・」


肩を落として俯いていると、こちらに回り込んできて肩にそっと手を置いた。



「そう落胆するな。会わせることは出来んが、そのコックが誰でどんな奴なのか調べてやろう。顔も名も知らんのだろう?苦戦するかもしれんが・・・。そうしてるうちに、旅からバル様が戻られる。そうしたら会えるようお願いすればいい。この件は、俺一人の判断では動けん―――――さぁこっちを向いて。念のため、診察させてくれ」




それからジークは一通りの診察を済ませて

“眠る前にこの薬を飲め。誘眠作用がある”

と小さな薬瓶を置いて出ていった。













――――時は経ち、今はもう夜――――


限りなくまんまるに近い月が空に浮かんでいる。

闇夜を照らす淡い光。


その月の中に、黒い点があるのが見える。

昨日まであんなものはなかったのに。

気のせいか、それがどんどん大きくなっているように思える。




「あれは、何・・・?」

「っ、ユリア様、お気を付け下さい」



呟いた疑問に反応した室長が、いつの間にか隣に来ていた。
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