魔王に甘いくちづけを【完】
二人は口々にそう言うと、もう一度深深と頭を下げた。

上げた顔は青ざめていて、今にも泣きそうで、唇がふるふると震えている。

昨日のことで、こってりと髭の侍従長に叱られたことが容易に推測できる。

二人の瞳は、不安に揺れながらも一つの覚悟を持っていた。


それは、任を解かれる覚悟。

一言「貴女達はもう来なくてよろしいです」と言えば、この子たちはあっさりと侍女の職を追われて故郷に帰らなくてはならなくなる。

さっき見た笑顔の子たちが、今後身支度の係りとなる。

主従関係といえばそんなもの。

ましてやここは規律の厳しい城中。

少しのミスで職を負われてしまうことが当たり前の世界。


『命の危機に面した主の元に駆け付けなかった』


遠くにいたのならばともかく、二人は、すぐ先の侍女部屋にいたのだから。

それは、従にとっては重大なミス。

恐怖に震えていたというのは、ただの言い訳になってしまう。

バルの留守な今、侍従長は妃候補であり彼女たちの主である私に決済を委ねたのだ。


「この者たちをこの先も信用し、身を委ねられますか?」と。


こんなことを教えられずに分かってしまうのは、やっぱり私が『姫』だから――――?


私は、心の底から、この子たちが犯人に襲われなくて良かったと思っている。

狙われていたのは、この私だもの。

私一人が命を投げ出せば、皆は怪我をしないで済むし、大切な命をなくさないで済む。



“お前は、俺の後ろにいればいい”


バルみたいに強い爪もないし、皆を守れる力も、何の取り柄もないけれど。

心だけでも強くありたいと、思う。

守られるだけではなく、従を守ることも主のすべきことだと、私は思う。

次にあんなことがあったなら、今度こそ、私は前に出ようと決めた。

大切なものをなくさないために。


震えて動けないかもしれないけれど。


情けなく泣き叫んでしまうかもしれないけれど。



この子たちには、何の罪もないもの。

切ることなんて、私には出来ない―――



言葉を待つ二人の顔を交互に見つめる。

唇を引き結んで見つめてくる瞳は緊張の色が浮かんでいる。

許すのは、とても簡単なこと。

けれどここで安易にそうしてしまうと、二人の成長を止めてしまうことになる。

それでいいのだと思ってしまう。

これは心情とは切り放して結論を出さなければいけない。

この子たちは、いつか、本物のお妃さまに仕えることになるのだから――――
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