魔王に甘いくちづけを【完】
「―――私の元に来なかったことは、とても残念に思います。貴女たちにとって、私はその程度の存在なのだと、哀しく思ってもいます」

「そんなことは御座いません!」

「決してそのようなことは。ユリア様のことは尊敬しています!」


必死の体で即座に否定の言葉を投げかけてくる二人。

本心なのか、クビになりたくなくて上辺だけを取り繕ってるのか、まだ計りかねる。

けれど―――


「そうですね・・・貴女たちは鍛えられた騎士ではないのだから、震えて動けなくなるのは当たり前なのです。でもそこをおして、駆け付けて欲しかった」


そうしてくれていたら、無事な姿をすぐに確認できていた。

構わずに逃げなさいと、命じることだってできた。

でも、私も主としてはまだまだ未熟だと痛感してる。

何を置いても守りたいと思う主にならなければ。

いつまでここに居られるのかは、分からないけど。

ここを離れるその日までは、私が、この子たちの主なのだから。



「―――・・・今回は、貴女たちを許します。ですが、次はないと思って下さい」


二人は、無言のまま目を見開いている。


「これから―――」


一旦言葉を切って、向けるべき言葉を探す。

けど、気の利いた言葉が何も思いつかなくて、息を飲んで続きを待つ二人にありきたりのことしか言えない。

私ももっと勉強して成長しないと・・・。



「私は、しっかり貴女たちを見ていきます。身支度係りとはいえ、主に忠誠心を持つことは大切なことですから。それがあるのかどうか、見極めたいと考えます」


この子たちにとって私は、王子様の妃候補としか映っていない。

その目を、私自身に向けたいと思った。


目の前に立ちはだかった二つの小さな背中が脳裏に浮かぶ。

記憶の中のエリスと室長のもの。

互いに尊敬しあい、しっかりとした信頼関係を結びたい。



「・・・さ、遅くなりました。急がないといけないわ。いつもの通り、身支度を始めて下さい」


最後に精一杯の笑顔を向けると、緊張していた二人の顔がみるみるうちに崩れていった。

瞳からはぼろぼろと涙が溢れていて、申し訳ありません、と何度も言いながら指先で雫を拭っている。



「ほら、泣かないで。これから頑張って挽回すればいいことです。これから私は、二人の仕事ぶりを見ていくのですから、しっかりと覚悟をもってください」


私も、主として二人に見られることになるのだと肝に銘じる。

二人は、涙声ながらも大きく返事をして涙を拭き、顔をぴりりと引き締めた。
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