魔王に甘いくちづけを【完】
でも。待って。ハタと気付く。

興奮のあまり忘れていたけれど。

私、いつの間にここに帰って来たのかしら。

あのお屋敷で朝を迎えるものと思っていたのに・・・。

まさか、ラヴルがこの部屋に戻してくれるなんて。


よく思い返せば、抱かれてる間中囁かれていた気がする。


“貴女は誰のモノだ、言え”

“私から離れられると思うな”


はっきりと思い出せないけれど、他にもいろいろ言われたような。

だから、目覚めたらルミナの屋敷、ということはおぼろげにも覚悟していた。


なのに・・・。


今のこの状況が信じられなくて、昨夜のことはやっぱり夢ではないかと思ってしまう。

女神ヘカテが見せた、甘く淫らな――――・・・。


ふと、思いついて、手の甲を見る。

そこには、あの時強く口づけられた痕跡がくっきりと残っていた。

その花弁のような痕をじっと見つめる。

これは、やっぱり現実に起きたことだと語りかけてくるけれど、なんだかもやもやとした感じが拭えない。

他にも痕跡はないかと思案を巡らせる。

もしかして夢に浮かされて、自分でつけたのかもしれない、と変な想像までしてしまう。

何しろ、昨日自分の身に起きたことすべてがおかしくて、現実味が感じられないのだ。


そういえば――――確か、小島で過ごした翌朝はシーツが巻かれていただけだったわ。

今回もそうならば、ラヴルと一夜を過ごした決定的な証拠となる。


―――もしそんな恰好だったら大変。

リリィが来る前に、早く服を着ておかないと――――


こくりと息を飲んで、わたわたと毛布を捲って自らの体を見ると、深緑の布が目に入った。

ほぅ・・と力が抜けるのと一緒に、また複雑な気持ちになる。

夢だったのか、現実なのか・・・―――




「全く貴女様は。やっと目覚められたと思えば。先程から何を百面相しているのですか」




―――え・・・?


時が、一瞬止まった。


この声は―――



「―――貴方、まだいたの?」


毛布をしっかりと手繰り寄せて深く埋まる。

シーツ姿じゃなくて良かった、なんてそんな場合じゃないわ。

いるのならもっと早く声を掛けてくれればいいのに。

ほんとにこの方は―――


「ずっと、見ていたの?」



湧きあがる羞恥心を隠して睨み上げれば、冷淡な瞳が見下ろしてくる。

昨日のような存在感は薄まっていて、今の今まで全く気付かなかった。


というか、全ての出来事が夢でなければ、この方はマリーヌ講師に倒されてたはず。

大丈夫なのかしら。

見た目は、何ともなさそうだけど。
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