魔王に甘いくちづけを【完】
「・・・見てる分には大変面白かったのですが。いい加減起きて下さい。仕事が進みません」


今、何時だとお思いですか、と“面白い”と言ったわりには、ため息交じりの呆れたような口調。

私の質問は華麗に無視して、自分の言いたいことだけを言う。

綺麗な人形のように表情はずっと変わらないけど、瞳はぎらりとひかり、体から出てる不機嫌な気が、ズズズ・・と不気味に漂ってくる。

そんなに怒るのなら、起こせばよかったのに。



「・・・向こうを向いてて。見られていたら、起きられないわ」



むっすりしながらも体を動かすと、脚の付け根がギシギシ悲鳴を上げた。

これも痕跡の一つで、昨夜のことは紛れもない現実なのだ、とはっきり主張してきた。

感傷に浸る間もなくアリが急かしてくる。


「本来ならば既に講義の時間。貴女様は早くするべきです。先ずは、ジーク殿がお待ちです」



踵を返してスタスタとドアまで行って「どうぞ」と言ってるのが聞こえてくる。

昨日のままのドレスだけど、しょうがないわよね。

と、体を起こしたついでにじっくり見れば、襟元のデザインが少し違っていた。

肩にあるはずの、白フクロウさんの爪痕もなければ血が滲んだ痕もない。

ということは、これは新しいドレスであって・・・。


改めて思う。


―――誰がこれを用意して着せてくれたの?

ラヴルが・・・まさか――――

眠る私の体をチマチマと動かして、着せる姿を想像してみる。


・・・あり得ない・・・。


そんな性格ではないもの。

脱がすのは、とても得意だけれど・・・と、自分で考えて顔が熱くなってしまった。

苦笑して、慌てて手をパタパタさせて頬に風を送って冷やす。

こんなところジークに見せたくない。

でも、そしたら誰がしてくれたの?と、ハテナマークを浮かべていると「おはようございます」と、野太い声が聞こえてきた。

何だかとても久し振りな気がしてホッとして嬉しくなる。

すっかり安心できる存在になっていた。



「アリ殿、警護大変ご苦労様でした。何事も御座いませんでしたか」

「―――何も」

「それは良かった。ところで、あれは―――」

「あぁ・・・アレですか。“彼女のペット”らしいです。特に悪さは致しません。気になさらぬよう」

「はぁ・・・・そう、ですか。ペット。・・・いつの間に」



会話を聞いて、ぴたと止まる。


―――えっ、ペット??


ジークと同様に首を傾げた。


一体なんのこと?
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