魔王に甘いくちづけを【完】
「御迎えに参りました。今度こそ一緒に来ていただきます」


そう言って此方に近付いてくる。



どうして貴方がここにいるの。

馬車を止めたのも、まさかあの賊を雇ったのも―――?



「待って。何故貴方が賊のことを知ってるの?」



声に気を込めて言えば、凛と辺りに響き渡った。

相手の動きもピタリと止まる。

何を考えているのか分からない、穏やかに微笑む顔を睨むようにして見つめる。


アリが私を見て唇を噛んでいる様子が伝わってくる。

きっと、何故逃げないのです、と思ってるに違いない。



「貴方が雇ったの?」


「・・・とんでもない、私は」

「待て!」



のんびりと発せられた声に、アリの鋭いそれが被る。

ざっと足音を立てて前に現れたアリの体で視界が遮られ、不気味にも穏やかに佇んだ姿が消える。

それと同時にすぐ隣に来たジークの腕が、私の体を庇うように前に差し出された。



「まだ私と対面しているのです、彼女とは話さないで下さい。貴女様も話しかけないで。・・・貴方は見覚えがあります。セラヴィ様の戴冠式の折に警備の指揮を取っておられた――――確か、名は・・ケルヴェス殿、ですね?」



―――戴冠式。

やっぱり・・・。

森で会ったあの青年、セラヴィは王子様だった。

だったら―――


一つの可能性が浮かび上がり、もやもやとしていたものが一気に晴れていく。



―――謀反―――


この事象、確かこんな言葉だったはず。

バルのしてくれたお話から察すれば、セラヴィは魔王の座を狙ってると判断できる。

私を手に入れたがるのは、国を支配しうる力を得るためだもの。



そして、その方はラヴルの知り合いでもある。

初めてケルヴェスに会った夜のことが思い出される。

あの時は相手が王子様だなんて思ってもいなかったけれど。

ラヴルは隠すようにして強く抱き締めてくれていた。

あれは、私の黒髪をケルヴェスの視線から守ってくれていたのだと考えれば納得できるわ。

結局バレてしまったわけだけど。

あのあとだもの、おかしな現象が起こり始めたのは。

変な手紙が入ったのも、ヴィーラ乗り場から落ちたのも。

全部あのときから―――



一人でいろいろ納得して頷きながら視線を下に落とせば、アリの手がヒラヒラと動いているのが目に入った。

馬車に戻れと言ってるのか、逃げろとの合図なのか。

いずれにしても、アリの体全体から感じられる張りつめた気とこの場の雰囲気は、早くここから離れろ言っていた。


言われるまでもなく、私の脚は自然に後退りを始めてる。

悟られないように音を立てないよう動く。

じりじりと。
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