魔王に甘いくちづけを【完】
創始の森
夜も更けたラッツィオの国に外出の自粛を促す遠吠えが響きわたる。
静まった夜の帳の中、逃げた賊の行方を追う衛兵達がそこかしこをものものしく歩き回る。
町中を歩く足音と民家を訪ね回る声が空に響き、いつにない緊迫した状況に、訳も分からないまま民は皆不安げに家に籠っていた。
王都も同様に飲食店も早じまいされ、普段夜明けまで賑わう繁華街も見廻る衛兵の他に歩くヒトもない。
警戒体勢がしかれ国中が静まる。
それはバルの城宮も例外ではなく、灯りの点る窓も最上階の侍女部屋だけであとはひっそりと静まり返っていた。
町中に出てるせいなのか、普段は沢山いる見張りの衛兵たちの姿も少ない。
屋根の上で月明かりにさらされ風に揺れる旗は寒々しく見え、狼の顔も元気がなく、もの寂しさをさらに助長していた。
賑わいのないその城宮で唯一灯りの点る中、室長をはじめとするユリア付の侍女たちが集まり、涙にくれつつ互いを励まし合っていた。
室長が最後に見たのは、美しく着飾った笑顔のユリアだ。
行ってきます、と嬉しそうに笑顔で言ってくれた姿。
詳しい状況を教えてもらえず、伝え聞いたのは『連れ去られた』この一言だけ。
一緒に居られたのは王子様。
しかもあれだけの護衛がつきながら連れ去られたとは一体どういうことなのか。
相手はそれほどに強かったのか。
悔しさとともに湧く疑問が収まらず、どうにも落ち着かない心をひたすら押さえ付ける。
しくしくと泣く皆の背を順に撫でてなだめながらも唇を引き結び、室長はただただ願った。
―――ユリア様、どうか、ご無事で。
必ずお助けしますから。
きっと、きっと、必ず―――
国中の灯りが消えて静まる中で、たった一つだけ煌々と明かりの灯る場所があった。
執政の要。
国の中心地である王の城宮。
こちらでは緊急召集された様々な職種の者が忙しく廊下を行き来し、すべての部屋に灯りが点り、ぴりりとはりつめた空気に満ちていた。
屋根の上で揺れる旗もバルの城宮のものとは違い、狼の顔は凛と引き締まって見える。
武装した騎士団員が足早に歩き、あちこちで命令や報告の声が飛び交う。
城宮の中も騒がしければ、外も騒がしい。
難しい顔つきをした身なりのいい紳士たちが、馬車で乗り付け城宮を訪ねてきていた。
皆バルの夜会に出席した者たちだ。
歌を披露したルーガル・ビリーズも深刻な顔を見せる。
事態を聞き付けいてもたってもいられず、自粛の遠吠えの響く中をすっ飛んで来たのだ。
「どんな状況なのだ」
「何か我々に出来ることはないか」
無下に「帰れ」と言うわけにもいかず、刻々と増える来訪者に対応するため何人もの職員が出て各馬車とヒトを誘導し始めた。
静まった夜の帳の中、逃げた賊の行方を追う衛兵達がそこかしこをものものしく歩き回る。
町中を歩く足音と民家を訪ね回る声が空に響き、いつにない緊迫した状況に、訳も分からないまま民は皆不安げに家に籠っていた。
王都も同様に飲食店も早じまいされ、普段夜明けまで賑わう繁華街も見廻る衛兵の他に歩くヒトもない。
警戒体勢がしかれ国中が静まる。
それはバルの城宮も例外ではなく、灯りの点る窓も最上階の侍女部屋だけであとはひっそりと静まり返っていた。
町中に出てるせいなのか、普段は沢山いる見張りの衛兵たちの姿も少ない。
屋根の上で月明かりにさらされ風に揺れる旗は寒々しく見え、狼の顔も元気がなく、もの寂しさをさらに助長していた。
賑わいのないその城宮で唯一灯りの点る中、室長をはじめとするユリア付の侍女たちが集まり、涙にくれつつ互いを励まし合っていた。
室長が最後に見たのは、美しく着飾った笑顔のユリアだ。
行ってきます、と嬉しそうに笑顔で言ってくれた姿。
詳しい状況を教えてもらえず、伝え聞いたのは『連れ去られた』この一言だけ。
一緒に居られたのは王子様。
しかもあれだけの護衛がつきながら連れ去られたとは一体どういうことなのか。
相手はそれほどに強かったのか。
悔しさとともに湧く疑問が収まらず、どうにも落ち着かない心をひたすら押さえ付ける。
しくしくと泣く皆の背を順に撫でてなだめながらも唇を引き結び、室長はただただ願った。
―――ユリア様、どうか、ご無事で。
必ずお助けしますから。
きっと、きっと、必ず―――
国中の灯りが消えて静まる中で、たった一つだけ煌々と明かりの灯る場所があった。
執政の要。
国の中心地である王の城宮。
こちらでは緊急召集された様々な職種の者が忙しく廊下を行き来し、すべての部屋に灯りが点り、ぴりりとはりつめた空気に満ちていた。
屋根の上で揺れる旗もバルの城宮のものとは違い、狼の顔は凛と引き締まって見える。
武装した騎士団員が足早に歩き、あちこちで命令や報告の声が飛び交う。
城宮の中も騒がしければ、外も騒がしい。
難しい顔つきをした身なりのいい紳士たちが、馬車で乗り付け城宮を訪ねてきていた。
皆バルの夜会に出席した者たちだ。
歌を披露したルーガル・ビリーズも深刻な顔を見せる。
事態を聞き付けいてもたってもいられず、自粛の遠吠えの響く中をすっ飛んで来たのだ。
「どんな状況なのだ」
「何か我々に出来ることはないか」
無下に「帰れ」と言うわけにもいかず、刻々と増える来訪者に対応するため何人もの職員が出て各馬車とヒトを誘導し始めた。