魔王に甘いくちづけを【完】
へなへなと崩れるように座り込み、美しい手で顔を覆う。

指の間から、受け切れなかった雫がはらはらとこぼれおちていた。

その横に立つ、もふもふとした大きな影。



「・・・しょうがねぇ王だぜ、まったくよぉ・・なぁ?」

「・・・貴方は?」



月明かりに照らされる、ティアラの濡れた瞳が狼を見つめる。

それはキラキラと光り輝き、走ったためか頬は紅潮し、サラサラの髪は少し乱れている。

こんなときでも、恋する女の顔は美しい。



「かぁ~、まったくアイツは。これを捨てるかねぇ・・・もったいねぇなぁ・・律儀すぎんだよなぁ・・・」



項垂れて首を振りながらぶつぶつぶつと呟くように出される狼の声は、聞きとり難い。

傍にいるティアラもきょとんとした様子だ。



「・・・はい?・・あの、何のことでしょうか」


「まったくよぉ・・こいつは、貸しだぜ?」



顔を覗き込んで問いかけてるのに気付き、むくっと顔を上げた狼は、きちんと座ってしっぽを丸めた。


その改まった様子を見て、ティアラも涙を拭って向き合うように座り直す。


黒い瞳に、射抜くような鋭い光を湛えた金色の瞳が向けられる。



「アンタ、魔王の嫁になる決心はあるのかい?」

「はい」

「二度と人の世に戻れねぇかもしれねぇ、それでも、いいのかい?」

「はい。あの方を支えたいのです。破魔の力もありますし、きっと役に立てます」

「環境に適応できず、すぐに命をなくすかもしれねぇんだぜ?」

「私は、こう見えても結構丈夫なのですよ?簡単には天に召されません。それに、こんな男勝りな気の強い姫など、神も、嫌だと追い返すことでしょう」



ティアラがはきはきと答え続けると、狼は月に向かって伸びやかな遠吠えを数回した。

その様は実に愉快気に見える。



「よぉし!アンタ良い度胸だぜ。気に入った、俺がアイツんとこに連れてってやるよ。乗んな・・・ってか、その前に。あいつら説得した方が良くねぇか」



狼の見る方向に、ティアラの父である人の王と大臣が居並んでいる。



「・・・父上、私は―――――――・・・」





・・・・ふ・・と映像が途切れた。


・・・ぴちょん・・・


暗闇の中に水滴が垂れる音とティアラの声が響く。



――・・・これが、古の記憶。

私の、真実・・・―――



バルが話してくれた物語を補足して余りあるお話。

あれは、吸血族の王が望んで、無理矢理に黒髪の姫を手に入れたように感じていた。

けれど、これは・・・。

本当は、ティアラの方から、魔の世界に飛び込んでいたなんて・・・。
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