魔王に甘いくちづけを【完】
二人の手が自然に動いて石の皿の上に乗せられる。

血が滲み出て混ざり合い、皿の底紅色に染めた。

ラヴルの指先が顎にかかる。

ゆっくりと顔が近付いてきたので瞳をそっと閉じた。

最初は優しくついばむように唇が重ねられた。


「ん・・・」


声を漏らせば後頭部がぐいっと抑えられて口づけが深くなった。

ラヴルが中に侵入してきて、滑らかに舌も歯も頬裏までもゆっくりと蹂躙されていく。

唇が離れるわずかな間に少し離れて呼吸をすれば、まだだとばかりに引き寄せられる。


「む・・・・は・・・ん・・」


吐息が漏れて頭が麻痺したようにぽやぽやとしてくる。

優しく吸われ宥められて、強く吸われる。

何度も繰り返されるその行為に体の芯はますます熱くなり体も痺れて立っていられなくなる。

堪らずにラヴルの腕の中に沈めば、がっしりと抱え直されて再び深い口づけが始まった。



石の皿の中が二人の血でいっぱいになった頃、漸くラヴルの唇から解放された。

ぼやける瞳にラヴルの妖艶な笑みが映る。

いつの間にか、高揚感と湧き出る力は感じなくなっていた。



「私は、ラヴル・ヴェスタ・ロヴェルト・ロウヴェル。ロゥヴェルの王にして魔界を統べる魔王だ。今ここで護国を宣言し力を継承する。歴代の王達よ、我が体に、古の力を――――」


ラヴルの体の中に、石皿の中にあった血が流れ込んでいく。

石皿の中心が光り輝いて、天に向かって光りの柱を作った。

ラヴルが両の腕を広げて天を仰ぐ―――


―――と。


光りの柱が天井を突き抜けてロウヴェルの空を、世界の空を、覆った。

空は青く澄み渡り、沈み込んでいた大地が盛り上がる。

川の水は清められ魚がいきいきと泳ぎ始める。

失われた大地も元に戻り折れた木も枯れた花もみな蘇った。


がれきを片付ける衛兵が手を止め、空を見上げる。

広場のヒト達が、山を眺める。

海沿いを歩くヒトが広がっていく大地を見つめる。

ビリーもジークもモリーも。

みんなが無言のままでいた。

しんと静まり返る広場。





「これは――――・・・魔王様の・・・国作りだ・・・・」




一人の貴族の紳士が囁くように呟けば、さざ波のように歓声が広がっていった。


「崩れが、止まったぞ!」

「俺の家が、戻ったぞ!」

「やったぞ!何もかも、元通りだ!」

「家に、帰れるぞ!」



広場中が歓喜に沸き、民の顔が笑顔に充ち、歓声が街の外まで溢れる。





その声は、新しき魔王とその妃の耳まで届いてきていた。

ユリアナがラヴルと並んで立つその肩に、ヒインコが飛んできてふわりととまった。


「良かった、無事だったのね―――」


ヒインコの囀ずりを心地好く聴きながら、蘇っていく城下を眺めてただひたすらに、願う。




――――この平和が、皆の幸せが

いつまでも続きますように――――

と。
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