魔王に甘いくちづけを【完】
「ヤナジか・・。入れ」


ドアがパタンと閉まる音の後、コツンと足音を立て暫くその場に留まった後、コツコツと静かな足音が此方に近付いてきた。


「何を遠慮していた?」

「いや、実はお邪魔かなと思いまして、ノックするのを躊躇しておりました。―――まだ目覚めてないのですか」


少し声を潜めた、心配げなヤナジの声が聞こえてきた。


「レイジを呼びましょうか?」

「あぁ、それには及ばん。さっきシンシアに呼んで貰い、手当てを済ませたところだ。――少し、あいつの毒に触れたようだ。問い詰めたところ、ワインに混ぜたと言っていた。消さなきゃならん」


「で、その様にお怒りに・・・。貴方様が、問い詰めたとは―――それは・・・さぞ、恐ろしい光景でしょうな・・・。その場にいなくて良かった」


最後にはしみじみと呟かれる言葉から、恐怖に震えているヤナジの様子が伝わってくる。



ユリアは、目覚めるタイミングをすっかり逃していた。

いつ目を開けようかと、実はさっきからずっと悩んでいた。

本当は手を握られた時に目を開ければ良かったのだが、何故か恥ずかしくて、ラヴルの顔を見てはいけないような気がして、開けることが出来なかった。


だから、額にあたたかい手が乗せられた瞬間に、これを逃してはいけないと思い、ゆっくりと目を開けた。



―――っ・・ち・・・近いっ・・・!


ぱちっと開いた瞳に映ったのは、心配そうに覗き込んでいる漆黒の瞳。

息がかかるほどに近くにあって、唇は、何故か頬の当たりを目指してどんどん近付いている。

握られてない方の手を出して咄嗟に頬を庇うと、唇がてのひらに優しく触れた。

予想外に出てきた目の前のてのひらを見て、不機嫌そうに眉間に皺を寄せるラヴル。



「・・・避けるなユリア・・・やっと目を開けたか。もう私に心配掛けるな」


―――よ、避けるなと言われても・・・。

隣でヤナジが見てるのに。

この方は恥ずかしいという言葉を知らないのかしら――



「いいか。ユリア、避けるな」


真剣な瞳に強く言われ、頬の上の手を脇へ下ろされた。


「レディ、観念した方がいい。この方は、今から毒を消すつもりらしいから」


「毒、ですか?」


「あぁ、そうだ。だから避けるな、ユリア。」
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