魔王に甘いくちづけを【完】
頬に触れながら、そう問いかけてくるラヴルの顔が、いつも見ている妖艶な悪戯っぽい微笑みに変わっていた。

瞳にもいつもの輝きが戻っていき、クスッと笑い声も漏らしている。



「私はいつでも良いぞ。なんなら、今すぐにでも―――」

「――っ・・・結構です―――そんなことは、全く思ってませんから」


―――そんなことは私じゃなくて、さっきまで一緒にいた、あの綺麗な女性の方に言えばいいんだわ。

すっかり忘れていたけれど、今日はずっとむっすりとした顔で過ごすって決めていたんだったわ。

私、今日は機嫌が悪いままでいるんだもの―――



小さな反抗心を思い出し、悪戯っぽく光る漆黒の瞳を避けてぷいっと横を向くユリア。

せっかく直した髪も、クッションに擦れてすっかり乱れてしまっている。

その髪をラヴルは指先でそっと撫でた。


「うむ・・もう帰るぞ。ユリア」










「ラヴル様、もうお帰りですか?そちらのレディのご紹介がまだですが・・・」


「これは、ラヴル様、今宵いらしてると聞いておりましたが、まさか本当にいらっしゃるとは。そちらの何とも甘いレディは・・・ぁ、もう、お帰りですか?」


会場内を歩いていると、ラヴルに次々と声がかけられた。

その度に片手をあげるだけの挨拶をして、止まることなく歩いていく。

玄関を一歩出て数メートルも進まないうちに、10人くらいには声をかけられてる。



「レディの体調が悪い。今宵はこれにて失礼する」



歩きながら短く答えると、満面の笑顔を浮かべて声をかけて来た人たちが、残念そうに首をすくめたり、曖昧な微笑みを浮かべて頭を下げたりしている。


――皆ラヴルに会えて嬉しそう。

それはそうよね・・この方はここの領主みたいなものだと言っていたし、多分この街で一番位の高い人。

皆この方と繋がりを持ちたいはずだわ。



「ラヴル、私はもう平気です。このまま挨拶もせずに帰ったら、皆さんに失礼ではないですか?それに、ヤナジに挨拶をしなくていいのですか?」


「いいんだ。どうせ、ヤナジの夜会はまたすぐに開かれる。ここの連中は基本的に暇だからな。・・・私にもユリアの髪が直せればいいんだが。こればかりはレディの領域だ。そうそうヤナジのメイドを借りてばかりはおれん。それに、ユリアはきっとまた髪を乱す。今日はそういう日だ」



クスクス笑いながら訳の分からない理由を言って、ラヴルはヤナジの夜会を抜け出した。
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