魔王に甘いくちづけを【完】
“彼女は友人だ。悩みがあると相談を受けていた。私が血の契約を結ぶのは一人だけだ。しかも最近それをしたばかりなのに、他のレディに心を移すわけがないだろう。それよりユリア、お腹が空いてないか?”


そう言って、あのあと湖が見える綺麗なお店に行って、とても豪華な食事をしてきた。

馬車は坂道をゆるゆると登って行き、玄関前に静かに停まった。

連絡があったのか、待ちかまえていたツバキがサッとドアを開けた。


「お帰りなさいませ」


屋敷からいそいそと出てきたナーダの目が、ユリアの姿を映すとどんどん大きく開かれていった。

長い指でユリアの髪を整えるように触った後、腰に手を当ててキッとラヴルの方を睨んだ。



「ユリア様の髪を弄らないでください。崩れますから、と何度もお願いしたではないですか。まったくもう」

「すまんな。だが、ここまで崩したのは、私のせいばかりではないぞ?なぁ、ユリア?」

「どうやれば、ここまで見事に崩れるんですか。というか、何故解いたのですか。まったく」


ぶつぶつ言いながら睨んでいるナーダに、アクセサリーやピンやらを手渡し、ラヴルはツバキに何かを耳打ちして、階段を上がって行った。

その姿を見送って部屋に戻ろうとすると、ツバキが腕を引っ張った。



「ユリアはこっちだ。ラヴル様が先に湯に入る様にって・・・。あ、ナーダ、ラヴル様が上に来るようにって言ってたぞ。何か話があるみたいだ。ユリア行くぞ」


長い廊下を歩き、連れて行かれたのはとても大きなドアの前。

しかも、脱衣所にはメイドが3人も控えていた。

皆待ちかまえていたようで、ユリアを見ると無言で頭を下げた。




ツバキがぴっちり扉を閉めると、メイドたちはサササと近くに寄ってきて、ドレスを脱がせ始めた。



「あ・・自分でできますから。ちょっと・・あ、待って下さい」


ユリアが戸惑った声を上げてる間にも、スススと手際良く脱がされていき、サササと運ばれ、湯の中にトプンと沈められていた。



湯煙にけむる浴室はとても広い。

壁から湯船に至るまで、すべてが白い石で作られている。

真正面の壁には、頭に二つの角を持ち、大きく開けた口の端に大きな牙がニョキっと生えた、怖い顔の彫刻が嵌めこまれている。

その恐ろしい顔の口から、湯が絶えずドバドバと湯船の中に流れ込んでいる。

湯の中には香草がたくさん入れられていて、花の香りが漂い、とても気持ちいい。


ぽやーとしていると、成すがままに3人がかりでゴシゴシと体を洗われ、テキパキと体が拭かれ、あっという間に夜着の姿になって部屋に戻されていた。



風呂上がりのほてった体を夜風に晒し、ぼんやりと外を眺めていると、後ろから延びてきた腕にふわっと体を包み込まれた。



「ユリア、そろそろ機嫌は直ったか?」
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