魔王に甘いくちづけを【完】
暫くすると、見つめる先のドアの辺りがゆらりと揺らぎ、何もなかった空間に、霧のようなものがもやもやと現れ始めた。

それが縦に長く伸びて徐々に人の形を成していき、一人の若い男性の姿になった。



「お久しぶりで御座います。ラヴル様」


ウェーブのかかった短めの金髪に温和そうな青い瞳。

跪き丁寧に頭を下げた様は、前触れもなく突然侵入してきた賊だとはとても思えない。

その姿を見てラヴルの緊張が少し緩んだのか、腕がふわっと緩まり発する声色もいつものものに戻っていた。



「ケルヴェス、外にいた者は貴様が放った者か?こんなところにまで何の用だ。事によっては許さんぞ」


ケルヴェスは瞳を伏せ考え込むそぶりを見せた後、ラヴルを真っ直ぐに見た。


「外の者とは―――?何のことでしょうか。私は一人で此方に参りましたので。・・・ですが、お気をつけください。結界は紙を破るがごとく簡単に抜けられました。あの様子では、2級の者でも破ることが出来ましょう。ほら、また―――」


ケルヴェスは窓の外を見やった。ラヴルの忌々しげな舌打ちが聞こえた瞬間、テラスの向こうから小さなうめき声が響いてきた。


「貴方様らしくもない。随分力が弱まっておられるようです。・・・原因は、そちらの、抱えておられる美しいお方ですか?」


「貴様が知る必要はない」


ケルヴェスの温和な瞳が鋭いものに変わり、胸に掻き抱かれている黒髪の娘を調べるように見つめた。

――黒い髪に黒い瞳、加えてこの匂い立つ甘さ――

もしや、この方が例の娘か―――?



ケルヴェスの言葉を聞いたユリアは、ハッとした思いでいた。



――ケルヴェスの言う通りなら、きっと私の毒を取り除いたせいだわ。


結界はラウルが張ってるってライキが教えてくれた。

他所者を入れないように、私を守るためだって言ってたっけ。

その結界が弱くなってる・・・。


ユリアは胸に押しつけられた顔を何とか剥がし、ラヴルを見上げた。



「ラヴル、やっぱり体調が悪いんでしょう?」


「いや、少し疲れているだけだ。ユリアは気にしなくていい」


「でも、休んだ方がいいわ」


「いや、休むよりも・・・」


体を包んでいた腕を緩め、心配そうに見上げているユリアを見下ろした。

口元は緩まり、疲れていたはずの瞳がキラリと煌いている。


「・・・ユリアを食べた方が、私には良い疲労回復になるんだが。そんな風に心配してくれるということは、もちろん協力してくれるんだろう?機嫌は直ったようだしな」
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