黒姫
そんな二人のやり取りを見ていた希愛は、おもむろに口を開いた。
「あの……私、黒姫って言う名前じゃありません。
私は竹内希愛って言います。
だから……人違いです。」
そこまで言い切ると、希愛は再び視線を落とす。
「助けてもらった事は感謝しています。…ありがとうございます。
でも………違います。」
再びギュッとスカートを握り締める。
なぜか、申し訳ない気持ちにいっぱいになった。
「………………いや、お前は《黒姫》だ。」
低く響くレオンの声に、希愛はバッと反射的に顔を上げた。
レオンの瞳がこちらを真っ直ぐに見ていた。
思わずそれから反らしたい衝動に駆られたが……できなかった。
吸い込まれそうなその青に、希愛はただ見つめる事しかできなかった。
「お前は《黒姫》だ…。」
同じ事を再び口にするレオン。
それを否定しようと希愛が口を開いた瞬間……。
「王………黒姫様が困ってますよ。
僕が説明しますから、あんましいじめないで下さい。」
横からため息混じりにロゥファが言う。
そちらに視線を移すと、ロゥファは短い水色の髪を手でクシャッと潰していた。
大きな問題に頭を抱えている人っぽく見える。
そして、ロゥファは髪と同色の瞳を希愛に向けた。
レオンの返事を待たずに、ロゥファは口を開く。
「黒姫さ……いえ、今はノア様の方が良いですね。
僕はロゥファ・エステート。王の補佐をさせていただいてます。
まずは、その尊き御身がご無事で何よりです。」
そう自己紹介するロゥファは、どこか人を安心させる笑みを浮かべていた。
「……さて、ノア様。《黒姫》と言う存在はお分かりでしょうか?」
希愛と目線を合わせるように、スッと膝を折るロゥファ。
黒姫と言うのは人の名前だと思っていたので、希愛は即座に首を横に振る。
………それよりも、尊き御身と言う言葉に少し驚いた。
「そうですか……。
我が国パーメントールに古くから言い伝わる文献だと《黒姫》と言う存在は、王と等しく、とても尊き存在なのです。」
ゆっくりと希愛に言い聞かせるように言葉を紡ぐロゥファ。
話の流れが掴めない希愛は、首を傾げる。