黒姫
そうため息混じりに呟くロゥファは、手に少し力を込める。
報告書がクシャとシワになったかと思えば……ロゥファの手の内で急にボッと炎が生まれた。
メラメラと燃え、瞬く間に灰と化す報告書。
手を広げると火傷は全く無く、灰すらも残っていなかった。
「…明日以降、イースタリアの情報収集・監視を強化しろ。
それと、アイツの魔導衣を…。」
「今日中に伝令飛ばせるからそれは大丈夫です……っと、魔導衣は昨日の段階で既に準備できてますよー。
ノア様、独特の『気』が流れてますからね。
この国の魔導士団長である僕でさえも、最初にノア様の姿を見た時には背筋がヒヤッとしました。
…あ、今回は僕お手製の魔導衣を準備しましたから、ある程度『気』は隠せれますよー。」
明日渡しますねー、とニコニコ笑いながら言うロゥファ。
そんなロゥファを一瞥した後、レオンは椅子の背もたれに深く身を預け、フゥ…と息を吐き出す。
窓を見やれば、夜空に浮かぶ月が高い位置にあった。
もう大分遅い時間になってしまっていたようだ。
「…今日はもう下がれ。」
「はーい。
王も休む時は休まないと、いつか禿げますよ………って、嫌だなぁ。冗談ですよー。」
相変わらず口調の軽いロゥファに鋭い睨みを突き付けるレオン。
ロゥファはそれに全く動じていないのか、あはははーと笑いながら扉へと向かい、そのまま執務室から姿を消した。
漸く静かになった執務室。
レオンはそっと腰元の漆黒の剣を持ち上げる。
そして、そのまま静かに鞘から引き抜いた。
シャッ…と、引き抜く音と共に現れたのは、鞘と柄とは真逆色の白い刃。
本来であれば、この刃は白ではなく漆黒。
………そう、一昨日までは漆黒の色をしていた。
数々の戦闘を共にしてきた己の愛剣が、ガラッと変わってしまった様に未だ見慣れない。
だが、それはそれで良かった。
寧ろ、こうなる事をずっと望んでいた。
その望みが叶ったのにも関わらず、今のレオンはどこか気分が落ちていた。
理由はただ一つ。
「………本人に《黒姫》の自覚は無し、か。」
眩しそうに青い目を細めるレオンは、再び深いため息を吐いて軽く俯いた。
金の髪から覗くその表情は、どこか寂しそうな顔をしていた。