恋のレシピの作り方
「そんな……一条さんはもっと厨房に入るべきです」

 羽村の素っ気ない口調に、頭に血が上ってしまった奈央は、思わず冷静さを失い反抗的になってしまう。

「……春日さん、あなたは司の仕事をどこまで理解してますか?」

 氷解のような羽村の双眸が、眼鏡越しから奈央を見据えてくる。その視線は、鋭い刃のように、今にも斬りかかってきそうなほど鋭利なものだった。

「司はフレンチ界の神とも言える存在です。それなりに役回りがあるのですよ」

「……でも」

 奈央が食い下がろうとすると、羽村は小さく鼻を鳴らしてため息をついた。

「それでは、お伺いしますが……春日さんは、司の何を知っていてそのようなことを……?」

「そ……れは」


―――司のこと、何も知らないくせに土足で心の中に入り込むような真似しないでね?



 その時、麗華に言われた一言が脳裏を掠めた。

 まるで異空間に自分だけ取り残されてしまったような感覚に、奈央は目眩を覚えた。



(私に、私に何ができる? 一条さんのために―――)


 自問自答を繰り返しているうちに、時間は流れて、気がつけばもう日が暮れていた――――。
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