恋のレシピの作り方
「離せって、俺はお前の上司だからな、俺はお前のことを知る義務がある。でも、俺のことを知る必要は……お前にはないはずだ」


「……そうですか」


 ―――義務。



 思いもよらない言葉が、奈央の胸に突き刺さる。腕を掴んだ力がゆるゆると抜けていって、その隙に腕を振り払われた。



「お前は余計なこと気にするな」



「一条さん! 待っ―――」


 一条の背中に伸ばした手が虚しく宙を掴む。
 奈央の呼びかけに応えることもなく、一条は淡いコロンの香りをその場に残して屋上を後にした。いつまでも残って香る残り香が奈央の胸を締めつけて、切なさを醸す。
 
 奈央はその場に一人佇み、その残香を抱きしめるように自分の身体を掻き抱いた―――。
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