恋のレシピの作り方
「一条さん、私、スー・シェフとして本当にやっていけるでしょうか……」


 まだ微かに噎せ返るような熱情の残滓が残る寝室で、奈央はぼんやりしながら一条の腕の中で身を寄せ呟いた。


「何をいまさら弱気になってんだ」

 一条は奈央の頭を引き寄せ、顳かみに軽くキスをした。
 心の中まで抱擁するようなそのキスの温もりは、何も心配するなという意がじんわり伝わってくる。

「俺は、お前がいるから料理に集中できるんだ。お前なしでは成し得ない」



 食材を手にした時、不意に感じる高揚感、作り出したものを絶賛される喜び、一条は忘れかけていたものをようやく取り戻した。そして滞ることを知らない才能は更にその名を世間に轟かせていた。


 一条は以前にも増して多忙な日々を過ごしているが、もうその瞳に曇りひとつなかった。

「アルページュのシェフスカーフが黒なのか考えたことあるか?」

「え……?」

 唐突なその質問に、奈央は瞬きをして目を丸くした。そういえば、一条の普段身につけている服も、黒系が多い。けれど、シェフスカーフまで一条の趣味だとは考えられない。

「黒はけしてどんな色にも混ざらず屈しない、黒スカーフはそういう精神の持ち主だけに許された証だ」

「じ、じゃあ……」

「お前は俺が認めたスー・シェフだ。何も不安に思うことなんかない、俺の横で笑ってくれたら……俺はどんなことからでもお前を守ってやる」

 その精悍な眼差しに見つめられ、奈央はこみあげてくる感情を押し留めることができずに目頭が熱くなるのを感じた。

「一条さん……嬉しい。嬉しくて、もう……どうにかなってしまいそう」



 そんな奈央の髪の毛を弄びながら、一条が改まって口を開いた。
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